エンジェル・ダストB-5
翌日。
佐倉はいつも通り6時に起床した。寝ぼけまなこでゆっくり身を起こすと、外はようやく白み掛かっていた。
肩から首にかけてが岩のように硬い。昨日の帰宅が午前1時。
自殺と思われた大河内氏のについて、捜査の中間報告を遅くまでまとめていたからだ。
第1発見者の間宮や大学関係者、大河内の家族の証言。そして、鑑識係から次々とあがって来た結果を総合したが、自殺する動機が見当たらない。
初動捜査を誤れば失態を招く。佐倉は、案件を殺人事件に切り替えるための申請書も添えて昨夜を終えていた。
「…おはよう」
佐倉はベッドから這い出てジョギングウエアに着替えると、先に起きてキッチンに居る妻の幸子と顔を合わせる。
「大丈夫?昨日も遅かったけど」
幸子は、忙しく朝食の準備を行いながら夫の身体を気遣った。
そんな幸子に佐倉は苦笑いを浮かべると、
「オレはそんなにヤワじゃないよ。それに、警官は身体が資本だからな」
そう言って、玄関を出て行った。ゆっくりとしたペースで30分ほど走り、最後に自宅前200メートルをダッシュすると、全身から汗が吹き出る。
日課のジョギングを終えてシャワーを浴び、スーツに着替えるとテーブルに着いた。
朝食の準備は整っていた。佐倉はテーブルの半分に新聞を広げ、記事に目を通しながら味噌汁をすすった。
「…最近、幸樹と多恵はどうしてる?」
佐倉は、幸子に子供達の近況を訊ねた。
「幸樹はそろそろ反抗期かしらね。ここのところ塞ぎがちで…学校から帰ってもゴハンの時以外は部屋に籠って」
佐倉にも憶えがある。子供だった自分に個人が芽生える時だ。親はそれに気づかず相変わらず子供として扱おうとする。それが本人には我慢ならない。
「…まあ、オレも父親らしい事をしてこなかったからな」
「その辺は分かってるみたいよ」
幸子の言葉に、佐倉は新聞を見る顔を上げた。
「この間、作文にあなたの事を書いてたわ。“警察官がいるから自分達は安心して遊べる。自分も将来はお父さんのような警察官になりたい”って」
「へえ…」
「多恵だってそうよ。あなたがしばらく帰らなかった時、私が寂しいでしょうって聞いたら“ウチのお父さんは街の安全を守ってる。だからガマン出来る”って」
「…あの甘えん坊がねえ」
佐倉はそう言いながら目を細めた。その顔は穏やかな父親の顔だった。
「おはようございます」
7時40分。〇〇署の3階にある捜査1課に佐倉の姿があった。広いフロアには、まだ数人の姿しかない。彼は部屋内に設けられた給湯所でコーヒーをカップに注ぎ、自分のデスクに着いた。
首を左右に伸ばす。肩の具合は幾分和らいだがやはり痛い。
「佐倉さん、おはようございます!」
しばらくして宮内が出署してきた。今日もハツラツとしている。昨夜、佐倉と一緒だったのだが、ひと廻り若いだけのことはある。
宮内はコートをロッカーにしまうと自分のデスク、佐倉のとなりに着いた。