エンジェル・ダストB-3
「詳しく教えて頂けますか?」
「教授は、6日ほど前から防衛省の依頼でウイルスの分析作業に携わっていたんです。
そして前日には“なんとか目処がたった”と私に言ったんです。そんな人が衝動的に自殺するなんて考えられません!」
「その防衛省の人間は、どこの部署か分かりますか?」
「ちょっと待って下さい」
間宮は、その場を離れて近くにあるオフィス・キャビネットから“名刺入れ”と書かれたファイルを持って来た。
「ええと…あっ、これですね」
「防衛省研究所、佐藤に田中ですか…」
佐倉は、イヤな感触がした。過去の経験から、省庁を相手にするとまともに捜査が進められた事がなかったためだ。必ずといっていいほどの妨害工作に遇う。
佐倉は間宮に礼を言うと、彼を解放して今度は鑑識官の元へと向かった。
「長内さん。何か分かりましたか?」
佐倉は鑑識官のリーダー、長内和馬に訊ねた。40代後半位で中肉中背。鋭い眼光はスペシャリストを思わせる。
「クビの索条痕。それ以外に死因に繋がる傷が無い。まあ、自殺に間違いないな。見た目は」
「どういう意味です?」
長内は、透明なビニール袋に収められた帯状のモノを佐倉に見せると、
「これは遺体がぶら下がっていたロープだ。これはオレの所見だが、首を吊ると、荷重の掛り具合でロープは伸びる場所と伸びない場所が出来るんだ。
だが、このロープはわずかしか伸びていないし、均一に伸びている。
おそらく、殺しておいて後からアソコに吊ったんだろう」
「なるほど…すると、遺体の衣服から容疑者に繋がる“モノ”が得られますかね?」
宮内には、佐倉の言葉の意味が分からなかった。
「どういう意味です?佐倉さん」
「それはな…」
佐倉がそこまで言った時、長内が割って入った。
「大の男をアソコまで抱えるんだ。遺体に自分の身体を密着させて支えないと無理だ。
と、言うことは遺体の衣服には容疑者の皮脂が付着している可能性が高い。科捜研に依頼すればDNA鑑定も可能だろう」
宮内は感心しきりに長内の説明をメモに取っている。
「ところで長内さん。何故、遺体は搬送されたんです?」
佐倉の質問に、長内は表情をこわばらせた。
「署長の指示だ」
「署長の……?」
長内は大きく頷いた。
「検証が済み次第、速やかに遺体を署の預かり所に搬送しろだとよ」
佐倉は疑問に思った。通常、担当捜査官が検視しない限り、遺体を動かすことは出来ない。
(…よほどの要人ならまだしも、たかが大学教授に対して署長命令で行われるとは…)
佐倉の頭の中で言いようのない不安が、インクの染みのように広がり始めていた。