エンジェル・ダストB-13
「佐倉君。おめでとう!」
笹川は、にこやかな表情で出迎えた。その先日とは、あまりのギャップに佐倉は困惑する。
「君の地道な努力が実を結んだ。県警は、大河内貞臣の件を改めて殺人事件で立件する事が決まったよ」
「本当ですか!」
佐倉は喜びの声をあげた。無理かと思われた事が、ついに現実となったのだ。
これからは精力的に捜査出来ると思うと、奮い立つような気分になった。
だが、笹川の次の言葉に佐倉は驚愕する。
「そこでだ。君が集めた捜査資料を全て渡してもらいたいんだ」
「エッ?」
「君の話が現実とすれば、これは、一捜査班で対応出来る事件ではない。組織犯罪対策課にやらせるんだ」
「ちょっと待って下さい。私や宮内が必死になって事件を追ったのに、いざ立件された途端に門外漢なんておかしいでしょう」
佐倉は、沸き上がる怒りを必死に抑えて笹川に訴える。
「君の気持ちは分かるが、もう決定した事だ。それに、君は捜査に加わることは出来んよ」
「それはどういう意味です?」
「君は〇〇署の生活安全課の課長に昇進したんだ」
笹川は喜んでいる。逆に佐倉の顔は蒼白に変わった。
「…笹川さん。あんた、オレを売ったな…」
静かな声。佐倉の怒りは頂点に達していた。
対して笹川の顔は笑顔のまま醜く歪ませた。
「君は今、署長である私を侮辱した。本来なら降格も免れないが、君は捜査を外されて気が動転しているんだ。あえて聞かなかった事にしてやろう。
それから、事件同様、君の異動も決定済みだ。拒否するのは自由だが、家族のこともよく考えて行動したまえ」
佐倉に選択権は無かった。彼は捜査資料を手放し、〇〇署へと異動した。
宮内は、空になったカップをテーブルにそっと置いた。
「…でも、それで終わりじゃなかった…ヤツらは佐倉さんを…!」
佐倉が生活安全課に異動してひと月経った頃、彼は署長に呼ばれた。
彼が署長室を訪れると、署長が座るソファのとなりには見知らぬ男が腰掛けていた。
「佐倉君。こちら、監察官の宇田島さんだ」
監察官。警官の勤務、服務を取締る部署。いわば“警官の警官”
佐倉は一礼すると、宇田島の対面に座った。
「佐倉さん。こちらを見て頂けますか」
宇田島は、ブリーフィング・ケースから薄い書類を取り出してテーブルに置いた。
佐倉はそれを手に取った。途端に顔は強張り、目を見開いた。
「…な、なんですか!…これは」
宇田島は、冷ややかな口調で言った。
「匿名の投書です。あなたが不正経理を働き、使途不明金を無駄流用していた証拠のウラ帳簿です」
数枚の書類には、佐倉の筆跡と指紋でウソの謝礼が支払われていた。
もちろん、佐倉にはまったく身に覚えの無いことだった。
しかし、そんな言葉は通じない。