やっぱすっきゃねん!VD-7
「田畑!やろうか」
佳代は、いつもキャッチボールをやる田畑を誘った。すると、後から稲森が声を掛けた。
「佳代。スマンがオレとキャッチボールしないか?」
「エッ?でもアンタ達ピッチャーはバッテリーで…!」
そこまで言って佳代は気がついた。前日の練習試合で2年生キャッチャー下加茂が、スライディングで肩を痛めたことに。
「ゴメン!田畑。他の人とやっといて」
佳代は稲森に付いてグランドを駆けて行った。内野手ばかりがキャッチボールを行っている。その景色の違いに少し躊躇いがちだ。
「いくぞ」
15メートルほどの距離を取り、始めたキャッチボール。すると、投げだした途端に2人は身体の動きに異変があるのに気づいた。
(…なんだか、身体がスムーズに)
トレーニングの成果だった。身体の軸を中心にした回転する力が、ボールをリリースする時の指先に伝わっていくのが分かる。
いつもの力で、ボールはいつも以上の勢いで相手のグラブを鳴らした。その違いに2、3年生全員が驚いていた。
「…な、なんだこりゃ。昨日投げたばっかなのに、身体が軽く感じるぞ…」
(始めた初日からこれほどとは…)
キャッチボールを行っている傍で、永井はその絶大な効果に感激していた。
と、同時にあと1ヶ月半後に迫った大会で、どのような結果をもたらしてくれるのかが楽しみになった。
佳代と稲森の距離が開いた。およそ20メートル。リリースする瞬間の、ボールが指先に掛かる感覚を少し強くする。
「ナイスボール!」
肩が暖まったのか、稲森のボールがキレだした。佳代は思わず声をあげる。田畑や他の外野手とのキャッチボールではこんな球はまず無い。
捕ってるうちに、つい、佳代の中にある対抗心に火がついた。かなり強いボールを投げた。
「カヨッ。おまえの投げ方、外野じゃ勿体無いな」
突然、稲森は変なことを言いだした。佳代にとって初めて聞く言葉だ。
「どういう意味?」
「おまえの左肩。すごい柔軟性だ」
「柔らかいのが良いの?」
「おまえが投げる瞬間、左腕が顔の後に隠れるんだ。それは真似して出来るモノじゃない。ピッチャー向きだ」
突然の褒め言葉に、佳代はどう返していいのか戸惑った。
「私がピッチャー向き!?野球やって6年になるけど初めて聞いたよ」
一哉にも指摘された事がない投げ方。佳代には、にわかには信じられなかった。
しかし、稲森はなおも言った。
「おまえの投げ方でスライダーを覚えりゃ、左バッターは分かってても打てまいよ。それくらいなんだ」
「…そんなに…」
佳代の心に嬉しさがこみ上げた。半信半疑とはいえ、こうまで褒めてもらうと人間、悪い気はしない。
「だったらさ、そのスライダーの投げ方教えてよ」
「ああ、ちょっと待ってろ!」
稲森は、キャッチボールを済ますと永井の元に駆け寄った。