菓子-1
香山楓は16歳。芳流閣学園に通う一見可憐な女子高生である。
容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備。
直情径行、脊髄反射、傍若無人。
気紛れで泣き虫で瞬間切り替えスイッチ。
そんな多感で思春期でやや乙女な彼女も恋するお年頃。
同じ放送部に所属するクラスメートの赤瀬圭君の事が気になっている。
しかし圭君は飄然として何を考えているのか分からない。
その上ちょっと男前で密かに女子に人気があった。
楓が好意を寄せているのがまるで分かっていないようで、思いを素直に伝えられないもどかしさが彼女をヒステリーへと駆り立てる。
泣いたり、怒ったり、食べたり、怒ったり。
人間、フラストレーションが溜まると食欲に走る。
色気より食い気ならぬ、色気が駄目なら食い気である。
趣味のお菓子作りに没頭し、作り過ぎて食べきれない分は午後のお茶会に回される。
お茶会というのは昼の放送の企画会議の事で、相談しながら持ち寄ったおやつを食べたりするのである。
お茶会などと言うようになったのは、圭君がいると流れるクラシック音楽をかけるからで、どちらかと言えばポップス好みの楓もこの穏やかなひと時は気に入っている。
「今日のモンブランは自信作なんだけど」
ある日の事、楓はモンブランの詰まったタッパーを取り出した。
その日集まったのは先輩の有川早苗と赤瀬圭。
楓は腕によりをかけて作ってきたのだが、綺麗にラインの走ったアルプスの最高峰は鞄の中で揉まれ、原型を留めていなかった。
それを見て圭君曰く。
「今日のお茶菓子は栗金団か。お正月みたいだな」
その言葉が言い終わらないうちに、熟れた西瓜を叩いたような鈍い音がした。
頭を押さえて苦悶する赤瀬圭。
もちろん脊髄反射的に可憐な乙女の鉄拳が炸裂したのだ。
いつもの事なので有川早苗先輩は自分の茶菓子とお茶は避難させている。
そのお茶を口に含み至福の笑みを浮かべると、頭から気炎を噴き出す楓を早苗先輩はなだめた。
「かえちゃんは美人で可愛くて、お菓子作りも上手なんだね。美味しいお茶菓子が食べられてお姉さん大満足だよ」
圭君の胸ぐらを掴んでいた楓だったが、早苗先輩の言葉には毒気を抜かれる。
「いや、まあ、お菓子作りは好きだし……」
口の中で呟く楓。
圭君の胸ぐらを掴んでいた手を離す楓。
褒められてまんざらでもなかったが、どちらかと言えば圭君に認められたい。
「モンブランのクリームには渋皮入りを使って欲しかったな」
その言葉が言い終わらないうちに再び鈍い音がした。
そんな賑わいも、やがて流れ始めるゆったりとした音楽に塗り替えられ、楓も柔らかな音の波に身を委ねる。
マーラーの交響曲五番。
楓は曲の事は知らなかったが、圭君の選曲はいつも良い曲ばかりだ。
思い返せば、最初に圭君がクラシックをかけた時は引いたが、今では放課後にクラシック音楽を聴くのは当たり前になっている。
「そう言えば……」
まったりとした表情で早苗先輩が呟く。
「そう言えば、来週の土曜日、赤瀬は部活に出て来られるの?」
「何ですか?」
早苗の言葉に圭君は首を傾げた。
「だって、去年のバレンタインは大変だったじゃない。出待ちの子をバッサバッサと振り切って……」
紅茶を口にしていた楓は思わず咳き込んだ。
勿論、慌てて圭君は否定する。
「人聞きの悪い事を言わないで下さいよ。僕を待っていた女の子か分からないじゃないですか」
「まあ、私は部活に出て来られるならどっちでも良いんだけど……」
有川早苗は動揺する楓をよそに、黄色いマロンクリームを口に含み、至福の笑みを浮かべる。