菓子-3
そしてバレンタイン当日。
期せずして涙を流すリハーサルをした楓は元気が戻っていた。
しかし、外は大雪でかなりの積雪。
前日から用意していたチョコレートケーキを手にし、些かの逡巡を見せるが、気合いを入れて一歩を踏み出した。
義理だと思われたくないし、部活が終わったら圭君に告白しよう。
自分の勇気が他の女の子に劣っている筈はない。
色んな事を考え、一歩一歩雪を踏みしめながら歩く楓。
「チクショウ。何だってこんな日に部活があんのよ。何かだんだん腹立ってくるわ」
苦境に立って挫けないのが乙女である。
苦難に陥って腹を立てるのが楓である。
「エイッ、この……私が悩むのも、この吹雪も、みんな赤瀬圭のせいだ!」
理不尽な怒りを圭君にぶつけながら、除雪車のように突き進む楓。
怒りに我を忘れて、気が付くといつの間にか学校に着いていた。
頬を紅潮させ、白い息を吐きながら勢いよく部室のドアを開ける楓。
しかし、そこにはパソコンを弄っている圭君以外誰の姿もなかった。
「あれ、他の皆は?雪でまだ来てないの?」
部の活動ブログを更新していた圭君は手を休めて振り返る。
「今日は部活がないんだ」
「この雪で中止になったの?な、何よ!何よ何よ!!せっかくケーキ作って来たのに!」
「いや、今日は最初から部活はなかったんだ。たまたま他の奴に話をしたら、今日の部活の事は何も聞いていないって」
「何それ?訳が分からない」
「考えてみたら、有川先輩からしか部活の話は聞いていないし」
圭君の言葉に、楓の顔が怒りに染まる。
「おのれ、有川早苗!たばかったか!?」
「まあ、そういうこと」
猛り狂う楓を前に、赤瀬圭は至って冷静であった。
そこにふと、楓の脳裏に別の疑問が浮かんだ。
「そういえば、赤瀬君は分かっていたのに、どうして学校に来たの??」
「誰か香山にそれを知らせなきゃいけないだろ」
「あぁ、成る程。得心、得心」
「……」
得心は良いが、二人きりで部室にいるのは少し気まずい。
考えてみれば、今こそ告白のチャンスなのだが、いきなりというのは少し情緒に欠ける。
取り敢えず何か喋らなくてはと思うのだが、会話の糸口が見つからない。
しかし、こんな時には天気の話に限る。
英国人に限らず、天気というのは万人とって何かしら影響を及ぼすものなのだから。
「良いお天気ね……」
「吹雪だよ?」
あえなく玉砕。
「明日は雪かしら?」
「夕方には止むらしい」
「……」
天気の話は駄目だと悟った楓は灰色の脳細胞をフル動員して次なる話題を探した。
「小豆相場はどうかしら?」
「不景気だから先物は止めた方が良いよ」
一体、何の話をしているのか。
「体、冷えてるだろ。紅茶、入れるよ」
圭君はそう言ってポットを取り出し、お茶を注ぎ始めた。
所在無げに手近な椅子に座る楓。
発露した窓ガラスの向こうには一面の白い世界が広がっている。
「帰ろうにも帰れないわね」
「無理しなくても、夕方には止むっていうし、小降りになるまで時間をつぶしていよう」
圭君に紅茶のカップを渡され、楓は口をつけようとした。
しかし、熱くて思わず顔をしかめる。