『はかないダイヤモンド』-9
その後も堤は無謀に攻め続けるが、全て司会に無視された。
今日の収録には他にも面白いお笑い芸人はたくさん来ているのだ。
その状況で、あれほどスベってしまっては、二度とネタを振られることはないだろう。
今回の脚本は大分前に渡されていた。
堤なら、もっと面白いことを考えられたはずだ。
焦っていたのだ。
相方の俺と自分とのギャップに。
お笑いというのは、焦れば焦るほど落とし穴にはまっていってしまう。
なぜ、と思う。
なぜ、俺に相談しなかったのだろう。
今日、俺は全力で堤をサポートするつもりだったのに。
収録が終わって、楽屋に帰って来るなり、俺は堤の胸倉をつかんだ。
勢いで堤の胸のボタンがいくつか弾け飛ぶ。
「お前、何考えている?」
堤は床に転がった胸のボタンを見つめている。
「今日は、俺にとってのチャンスだったんだ」
「そんなことは俺にだってわかっている! だから、俺は今日、お前を目立たせようとしてたんだ。それなのに、一人走りやがって」
「目立たせようとしてた、だと?」
堤は俺の目を見ようとはしなかった。
それが余計に俺を苛立たせた。
「なんで、一言俺に相談しなかった? 俺はお前の相方だろうが」
一瞬の間を置いて、堤は何かをつぶやいた。
「何だよ? 聞こえねえよ!」
突然、堤が俺の手を振り解いて怒鳴った。
「相談しようとしたよ! 何度も。でも、お前は仕事が忙しくて俺に会ってすらくれなかったじゃないか!」
堤が激しい怒りに満ちた目で俺を睨んだ。
そして、堤から何度もメールが来ていたのを思い出す。
「この仕事が決まった時だって、お前に出来たネタみせようと思ってお前んち行ったよ。 でも、お前いなかったじゃねえかよ。お前が本当に、俺のことを考えてくれてたんなら、お前の方から連絡してくれたっていいだろ!」
この仕事が決まった日、俺は恵理子のところにいた。
―最低
恵理子の言った言葉が胸をえぐる。
「大体、目立たせようとしてたって何だよ? お前も他の奴らと一緒で、俺が滑るって始めから思ってたってことじゃないか」
「それは…」
何も言い返せなかった。
でも、俺がきちんとサポートできていれば、こんなことにはならなかったはずだ。
俺の表情を見て、堤は俺の考えを見透かしたのかもしれない。
堤は顔を赤黒くさせて、俺を殴った。
「俺をバカにしやがって」
俺は殴られて床に倒れこんだまま、何も言わずに堤を見た。
堤は肩で息をしながら、俺を睨んでいる。
しばらく、俺達はそのままの体勢でいた。