AH! MY GODDESS ラストストーリー-8
『その為に、魔界の力が必要なの。この身全てを魔に染めるとしても……。だから、私は……あなたを……』
天使は、そっと手を伸ばしウルドの口を塞いだ。そして、ゆっくりと首を振る。
『もう一度……あなたに会える日を……』
震える声で呟くウルドに向かって天使は微笑んだ。そして、その姿は光りながら徐々に薄れていく。光りはやがて小さな点となり、ウルドの手の平に舞い降りた。次第に輝きを失い、それは小さな卵となった。そっと握り締め、ウルドは鳴咽を漏らす。事の一部始終を見ていたヴェルスパーは、言葉を失っていた。
自らの意思で天使を卵に戻す……それが、どれほどの事なのか。そして、決意の強さがどれほどのものなのかという事を。
ウルドはネックレスのロケットの中に大事そうに卵をしまうと、立ち上がった。その表情に迷いなど一切無い。再び門の前に立つと大きく息を吸った。声を発そうとした刹那、脳天気な声が気勢を削ぐ。
『私はここにいるわよん。』
驚いて振り返ったウルドの目の前に、その言葉使いからは想像出来ない程の圧倒的な存在感で魔界の長であるヒルドが立っていた。
『天界の噂は聞こえているわ。一人の女神が神に逆らったってね。たかが人間の為に、馬鹿な娘よねえ。それでウルド、あなたはどうしたいの?』
その威圧感に臆する事なく、ウルドは言う。
『私はあの娘を助けたいの。お願いヒルド、力を貸して!!』
『魔属との取引は契約と代償……。知ってて言ってるんでしょうね?』
ヒルドはそう言って笑う。全てを凍りつかせるような悪魔の笑み。それでも、視線を逸らすことなく、ウルドはヒルドを見据えて頷いた。
『じゃあ聞くわ。どんな代償を払うの?』
じっとりと手が汗ばむ。それでもなお、ロケットを握り締めてウルドは言う。
『私は魔界に帰属します。』
さすがのヒルドも一瞬目を見開いた。ウルドの言った言葉の意味……。それは自分の半身を捨てるということ。神である自分と決別すると言う意味に他ならないからである。
『そうまでして助けても、もう会えなくなるのよ?それでもいいの?』
『それでも今、あの娘を助けられるのは私しかいない!螢一を助ける為なら、あの娘は自分すら投げ出すわ。姉の私にはわかる!もう時間が無いの。お願い!母さん!!』
ヒルドにしがみつきウルドは泣き崩れた。その頭をヒルドはそっと撫でる。
『馬鹿な娘……』
ヒルドがつかの間、垣間見せたその表情は我が子を慈しむ慈愛に満ちた母の顔だった。
(ああっ女神さま!より)
柔らかな陽射しが部屋に降り注ぐ。一つのシーツの中に一糸纏わぬ姿の螢一とベルダンディーがいた。傍らに寄り添う彼女の前髪を螢一は優しく掻き上げる。
『……ん……』
小さな声を出してベルダンディーはゆっくりと目を開けた。
『おはよう……』
螢一は囁くように声をかける。
『おはようございます。……あの……螢一さん。そんなに見つめないで下さい……恥ずかしいわ。』
そう言ってベルダンディーは頬を染めた。
『ベルダンディー…今すぐ、遠くまで出掛けよう……二人で……。』
『今すぐ?……でも、どうしてですか?』
『なるべく人気の無いところに行きたいんだ。わかるだろ?』
螢一の言葉に何も言わずベルダンディーは頷いた。