AH! MY GODDESS ラストストーリー-6
(ああっ女神さま!より)
ウルドの言葉にペイオースは、がっくりと肩を落とした。そして理解する……止めても無駄なのだと言うことを……。部屋に戻り、胸元から小さなスプレーを取り出すとペイオースはスクルドの顔に吹き付けた。たちまち意識を失いスクルドは倒れる。その身体を抱え上げると困惑した笑顔をウルドに向けた。
『全く信じられませんわ。あなたもベルダンディーも、人間ひとりの為に……。と、前までのわたくしならば即答していたのでしょうけど……。』
そう言い残しペイオースは姿を消した。いつも賑やかだった家が、今は不気味な程に静まり返っている。柱時計の時を刻む音が、やけにうるさく聞こえた。
『ウルドは行かないのか?』
すでに事態を把握したのであろう、螢一は静かに言った。
『私には、まだやる事があるからね。』
そう言ってウルドは笑う。ベルダンディーがいないだけで、こんなにもこの家が広く感じるなんて……。螢一は思わず深い溜息をついてしまう。
『ベルダンディーのことを考えてるの?』
不意にウルドが言った。
『まあね……』
普段と違い、照れもせずに螢一は答える。
『なんか妬けちゃうわね。でも、今のあんたなら大丈夫かな?もうすぐベルダンディーが帰ってくるわ。これが最後かもしれない。いいえ、例えこんな事になっていなくても、同じ時間は二度と無いのよ?悔いを残さないように、大事な時間を過ごしなさいね。二人きりなんだから……』
畳で丸くなっていたヴェルスパーを抱き上げるとウルドは部屋を出て行った。
『あんたが弟…そんな未来も悪くなかったわ。』
そう去り際に一言だけ呟いて……。
廊下を歩きながらウルドは言う。
『ヴェルスパー……ゲートは私が開くわ。だから、案内して……ヒルドのところヘ……』
そして螢一を残し、家からは誰もいなくなった。
静まり返った家に、静かな足音が聞こえる。そして、ゆっくりと襖が開いた。
『螢一さん……』
『お帰り、ベルダンディー』
いつもと変わらない笑顔で螢一は出迎えた。彼女は辺りを見回し、螢一に尋ねる。
『螢一さん……みんなは?』
螢一は答えず、首を振る。
『そう……行ってしまったのね……。』
表情を曇らせ、彼女は螢一の隣に座った。そして再び沈黙が訪れ、その静寂を破ったのは隣から聞こえてくる啜り泣きだった。
『ごめんなさい。螢一さん……私。』
ぽろぽろと涙を零すベルダンディーの肩を螢一はそっと抱き寄せる。
『悪いのは君じゃない。分不相応なことを夢見た俺なんだから……。』
『でも!!私のせいで螢一さんは……』
言いかけるその口を螢一はそっと塞いだ。
『あのまま、気持ちを偽っている事を君は望んだかい?』
瞳を潤ませたまま、彼女は激しく首を振る。
『だから、いいんだ。例えその代償に自分の命を失うことになっても……。それでも君と出会えた事、後悔なんかしない。』
『あなたを死なせたりしない!!私の命に代えても!!』
そう叫ぶベルダンディーを自分の胸の中に抱え込み、優しく螢一は撫でた。
『戦えるのか?ペイオースやスクルドやウルドと……』
ベルダンディーの肩がビクッと震える。
『だから、いいんだ……俺だけでいい。』
胸の中で、くぐもった鳴咽が響いた。
『あなたのお嫁さんになってみたかった……。そう言ったら笑いますか?』
螢一は無言で首を振ると突然、立ち上がり窓まで行く。そして、力任せにカーテンを引き千切るとそのまま戻り、レース地のカーテンを静かに彼女の頭の上に乗せた。意味不明な螢一の行動にベルダンディーは戸惑う。そのまま彼女の頭に手を乗せて、厳(おごそ)かに螢一は口を開いた。