DEAR PSYCHOPATH−5−-1
僕が悪夢について全てを知ったのは、それから十分以上も後のことだ。
しかし、それは不思議に一切の疑問を抱かせることなく、まるで自然の摂理のように、すんなりと理解出来た。実は、今まで見続けてきたあの悪夢は、僕の前世、ヘンリーの記憶であり、その彼が僕の中で目を覚まそうとしていること。そして、何と流を含む四人もまた、同じような悪夢によって悩まされた同士であること。僕はそれを聞いた時、文字どおり茫然自失の状態に陥ってしまった。けれどよくよく考えてみれば、なるほど、そうかもしれない、と頷けた。だいたい、そんな理由でもなければ、僕らが必然的に出会うはずがないのだ。全てを話し終えた流は、妙に疲れきった表情をしていた。僕は両手をジーンズのポケットに突っ込んだままで深くため息をついた。言葉を口にするには、僕もまた疲れすぎていたのだ。
「ショック・・・でしたか?」
やけに弱々しい声で彼は言った。
「いや、別に。何故か納得したよ」
「そうですか。それじゃあ、少し付け足していいでしょうか?」
まだあるのか。僕はもう一度、息を吐き出した。
「いいよ。ここまで来たら何を言われても驚かないと思うし」
それを聞くと、彼は少し表情を崩し、
「忍は、サイコパスというものを知っていますか?」
「いや」
「サイコパスとは、一般には精神病質者のことをさします。彼らは善悪の判断も、社会の常識も関係ありません。自分の思ったように行動し、その道を生き、自分勝手に欲しいものを手に入れ、後悔の念など一切持たず・・・言ってしまえば、あらゆる意味での残虐者です」
「それで?」
「あなたの前世、ヘンリーもまた、サイコパスだったはずです。ちなみに言ってしまえば、一緒にいた少女・・・えっと」
「ベッキーだよ」
「そう、ベッキーもまた、サイコパスだったのでしょう」
「結局何が言いたいんだよ、流」
彼の遠回しな言い方に苛立ちを感じながら、答えを探す。
「社会が変わっても、サイコパスは変わりません。この時代にも、数え切れない数の狂気が潜んでいることでしょう」
「それで?」
「ここにいる私たち全員が、前世はそのサイコパスでした。そしてみんな、あなたと同じように悪夢にうなされました。しかし、覚醒が始まれば私たちもただですむはずがありません」
彼の言葉に、僕は強く頷いた。そのとおりだと思った。僕らには、僕らの人格というものがあるのだ。それなのに、そこに他の人格まで混ざってしまったら。考えただけでもゾッとする。
「一着の洋服に、無理やり二人も入ったら・・・」
「まずは裂けるでしょうね」
彼はきっぱりと言い、
「もしも、そうなったら、今のカムヤや隆のように壊れるか、あるいは・・・」
と、その先にいるケイコさんへ視線を移して、こうつけ加えた。
「彼女のように二重人格になるか・・・で、しょうね」
「ちょっ、ちょっと待てよ。何だよ二重人格って!」
僕は、僕に笑いかけてくれている彼女を食い入るように見つめた。
一体、彼女のどこが二重人格だというのだ?しかし、その疑問も長くは続かなかった。僕の瞳に映っていた彼女は、瞬きというほんのわずかな境に、言葉を忘れる程の変貌を遂げていた。変形がはっきりと変わったわけではない。しかし、彼女が僕の知る伊万里ケイコではないということだけは、確かだった。目付きだ。そう、さっきまでの彼女とは目付きが全く違っているのだ。何ていうか、今の彼女の瞳からは、さっきまであった知的な輝きは失われ、代わりに野獣のような汚らしい姿が見え隠れしていた。
「な・・・」
僕はヨロヨロと首をねじ曲げ、流を見た。
「忍、紹介しましょう。もう一人のケイコ、名前はチャールズ・ハッチャーと言います」
そんなこと言われても・・・と、僕は引きつり笑いを見せた。こんな時にどんな顔をすればいいかなんて、分かるはずがない。