僕とあたしの夏の事件慕? 最終話 「あたしの事件慕」-3
〜遺言書について〜
結論から言うと、別荘に遺言書なんか存在しなかった。
資産家である藤一郎さんが遺言書を残しているのは充分に考えられる。だけど、そういうのは銀行の貸金庫や弁護士なんかの信用できる第三者に常に預けておくものであって、人目に触れる場所に放置するものじゃない。
じゃあ、なんで別荘を調べるように言ったのか?
藤一郎さんはあることを気にしていた。
それは楓さんのこと。
僕が別荘で見つけた藤一郎さんの手記には『春の風も辛く、私は木に隠れながら君を待つことにする』という一文があった。
これは椿さん、楓さん、梓さんの名前を示している。
そして『風と共に君は去り、何度目の春が来るのだろう?』というのは楓さんを身ごもった不倫相手。多分だけど、前の家政婦さんだと思う。
椿さんはその事を知って、楓さんの存在を突き止め、別荘に招いた。
理由はお墓参りと形見分けをさせたかったみたい。
「つまり、あたし達も真二達も、ありもしない遺言書を探してたわけ……。でも、どうして楓さんは自分のことを隠してたの?」
「楓さんのお母さんは藤一郎さんを守ろうとして真澄家を去った。その事を知っていた楓さんは真澄家のためっていうよりも、お母さんのためにも自分の事を秘密にしておきたかったんじゃないかな」
「そんなものかしら……」
それはわからない。結局、僕は終わった後に結果だけを並べてそれらしいコメントをしているだけなんだし。
「僕の話はこれでおしまい。くれぐれも梓さんには内緒にしておいてよ?」
もしかしたら今頃、梓さんも聞いているかもしれないけど、それを澪が知っていていいわけでもない。
「それは分ったわ。でも、もう一つあるのよ……真琴、あたしに隠し事してない?」
隠し事なら無い。けど、澪に話したくないことならある。しかもかなりの量。
「何もないよ……」
僕の気弱な声に不信に満ちた目線を送る澪。落ち着け、悪いことはしていないんだし。
「でもま、今回は真琴もがんばってくれたし、特別にご褒美を上げようと思うんだけど、いる?」
「うん、何かな、すごく気になる」
本当はどうでもいいけど、せっかくくれるなら悪い気もしない。
「待ってて、今用意するから……それまで目を瞑ってるのよ」
素直に目を瞑る。けれど一向に澪は何かを持ってくる気配がない。
代わりにスーハーという深呼吸が聞こえてくるばかり。
「澪、いったい何をくれるの?」
「真澄家の地下室で、真琴がぎりぎりで守ってくれたもの」
そんなものあったかな?
不意に、肩を押さえられ、アゴを上向かされる。
「澪?」
「あたしのファーストキス……」