そして私は俺になる-5
その日は、学校へ行っても何も集中できなかった。英語の沢北が教壇に立って、今日は英語でビンゴをしますと言っている。昨日は、英語でパズルをやった。なぜ俺は学校なんかに来ているのだろう。塾だけで十分だ。今日の俺は自分でもびっくりするくらいに緊張していた。告白するのはキョウであって、俺は全く関係ないのになぜこんなに硬くなっているのか。それにしても、沢北はなんて空気が読めないのだろう。こんな時に能天気な顔で、君も真面目にビンゴをやりたまえとか言っている。二秒後に沢北にだけ隕石が直撃すればいいのにと思った。
キョウは放課後に告白すると言っていた。やはり、キョウでも緊張するのだろうか。俺の席の斜め前に座っているキョウを見ると、キョウはいつものように頬杖をついて髪を弄んでいる。とても気の抜けた表情をしているが、それでも不思議とかっこよかった。そして、同じように気の抜けた顔をしている俺はかっこ悪いのだろうなと思った。
放課後になって、俺とケイスケとキョウは五組に行った。ケイスケが岡安を呼びに行って、俺とキョウが廊下で待っていた。俺たちの役割はこういう時でも一緒で、ケイスケがまず特攻して、俺がキョウに策を授けるといった感じだった。それでも、今日の俺はキョウに何も言うことができなかった。ファミマで万引きして、どうやって逃げるのが一番いいのかとは状況が違うのだ。
俺はケイスケが岡安を連れてくるまでの間に、廊下の窓から校庭を眺めることにした。野球部が守備練習をしている。ノックをしている沢北が二回空振りした。遠くから吹奏楽部のトランペットの音が聞こえてくる。いつもと変わらない当たり前の風景だった。
「なあ」
同じように校庭を眺めていたキョウが、目線を移さずに言った。
「うん?」
俺も同じように校庭を眺めたまま言った。
「もし、俺が岡安と付き合うことになったら、あんな風に二人で帰るのかね」
キョウが見つめる先には、田島と山根さんが微妙な距離を開けて一緒に下校している姿があった。
「そりゃあ、そうだろ」
「それも、なんだかな。つまんねーかもな」
「なんで?」
俺はこの時、キョウの次のセリフがとても気になった。そのセリフに妙な期待を抱いていた。
「俺は―」
「キョウ」
キョウのセリフはなぜかガチガチに緊張したケイスケによって中断された。ケイスケの後ろには、これからキョウに何を言われるかわかっているのか、緊張した表情をした岡安が立っていた。
「テツ、向こう行こうぜ」
俺は気を利かせたケイスケに引っ張られる格好で、真剣な雰囲気のキョウと岡安を残して自分の教室へ向かった。
遠くで、キョウが岡安に何かを言っているのが見えた。俺はその時、ケイスケに引っ張られるままにして、その場から逃げることしかできなかった。