レッド・レッド・レッド-2
「けれど、今回のことでさすがにわたしも肝を冷やしました。発信機の電波が届かない場所でお嬢様に何かあったら――」
少しばかり顔を翳らせるが、それも一瞬だった。
「だから、今度はお嬢様を強制的に連れ戻します」
リムはそう言ってひとつ息をついてから、憤怒に塗れた表情で自分を睨み付けるエイジを見やる。
彼は低く恫喝するような声色で言った。
「お前達がジャムの行動を発信機を使って監視しているってことを、あいつは知ってるのか?」
「監視などと言う言い方は心外ではありますが……確かに、そうですね」
飄々とリムは頷いた。
「お嬢様はおそらく、わたしが発信機を取り付けていたことはご存じないでしょう」
「あいつを騙してるってのか!?」
「騙すなんて、それこそ心外です」
彼女はさっきよりも幾分か語気荒く言った。
「わたしはあくまでお嬢様をお守りしたい。けれど、お嬢様はそれを望まないのです」
「ならば見守るだけでも……そう思っても、お嬢様はそれさえも拒まれる。お嬢様には感付かれずに、お嬢様の安否を確かめる術を考えたら、これしかありませんでした」
少しばかり遠くを見つめるような切なげな表情を見せ、リムは息をついた。
そのやり方はともかく、切にジャムのことを思っているのだろう。
リムの言葉を聞き、ダナは険しい表情を浮かべていた。
リムはちらりとエイジを見やり、彼に向かって言う。
「あなたがヤパーニア出身ならば、このことわざはご存じでしょう? 『知らぬが仏』、と」
「お前もその言葉を知ってるなら、使い方だって知ってんだろ? そいつはことを知らない奴を嘲って言う言葉なんだぜ」
顔を歪めて言うエイジに、リムの表情も僅かに動いた。
きゅっと横に結んだ口元と、見据える――と言うよりは睨んだような目つきで、リムはエイジに言った。
「あなたには、分からないのです」
「へッ、分かりたくもねえ」
エイジが毒づいた。
「そんな真似してまで、あいつを屋敷に閉じ込めたいのかよ!?」
がしゃん、と彼が掴んだ鉄格子が揺れて音を立てる。
やはりリムは無表情のままで、一言だけ言った。
「……旦那様の言いつけは絶対です」
それから、エイジとダナとを交互に見やるリム。
「あなた方も、数日でもお嬢様とお話されたのならご存じでしょう?」
「お嬢様を説得するのは難しいことです」
確かに、と二人は顔を見合わせた。
「ですから、強制的に連れ戻さなければダメなのです」
これ以上話しても無駄だ、と言わんばかりにリムは言って踵を返した。
その背にエイジが言葉をかける。
「……あいつが納得するかよ」
「お連れして帰るのが先、説得はその後です」
彼女は顔だけエイジの方へ向けるとそう言ってその場から立ち去ろうとして――しかし、その足が戸惑いを孕んで止まった。
「……お嬢様」
「「ジャム!?」」
リムが留置場の扉を開けると、そこにはジャムが立っていた。
彼女はリムと彼女の後ろのエイジ達を見るや否や、今の今まで曇らせていた表情を一転させ、からからと笑って言う。
「何だかアジトにいたら此処に連れてこられて、ね」
「ね、いつまで牢屋入ってるの? ポリスの人、出ていいって言ってたよ」
エイジ達に言ってから、ジャムは暫し言葉を探すように視線を泳がせた後、リムに向かって軽く微笑みを浮かべた。
「久しぶり、リム」
「お嬢さ……」
言葉が遮られるのと同時に、リムはその頬に鋭い痛みを感じた。
小気味良い音は暗い留置場内に響く。
赤くなった頬を押さえ、リムはジャムを見つめていた。