DEAR PSYCHOPATH−4−-1
そして景色は流れていった。
どれくらいのスピードが出ているかはメーターを見ていないで分からないが、相当の速さで走っているということは分かった。ふと横を見ると、すぐ近くに青い水平線が見える。海だ。ここからじゃ砂浜は見えないけれど、きっとそこには海水浴に来た人がわんさかいるはずだ。
「あんまり身を乗りださないでください。吹っとびますよ」
と運転席から、彼が言った。この強い日差しを直に浴びているせいか、その肌の白さが際立って僕の瞳に映る。女性にだって、ここまで透けるような肌の人はなかなかいないはずだ。
「しかし、すげぇよな。オープンカーなんてさ」
僕は腰を沈めずに言った。こうして身を乗り出していた方が、周りの景色を遠くまで眺められて気持ちがよかったのだ。すると僕は、僕の方をチラリと見た後で、たしなめるようにまた言った。
「運転には自信はある方ですけど、それでも何があるか分かりません。危険ですから座ってください」
渋々腰を下ろす。
「あのさぁどこまで行くわけ?あれからかなり走っているぜ」
と、今度は手元にあるラジオをいじりながらきく。何かをして気を紛らわせなければ、落ち着かない性格なのだ。
ザザザ・・・ザ・・・ザ・・・
数秒電波がつかまらずノイズがはしる。が、すぐに女の人の深刻そうな声が、スピーカーから聞こえてきた。ニュースだ。
「ラジオ、好きですか?」
彼はにべもなく言った。
「別に。暇だったからいじっていただけだよ。ニュースも偶然だ」
「そうですか」
そして二人の淡々とした会話をフォローするかのように、ニュースは続いた。
『それでは次のニュースです。今朝八時頃、女性のものと思われる変死体が発見されました・・・』
バックミラーに映っている彼の眉毛が、ピクリと動く。
『なお警察では、この事件を一連の連続殺人事件と同一の犯行と見て犯人の行方を追っているもようです・・・それでは次に・・・』
「連続殺人事件かぁ、怖いよな」
と、僕はあごをしゃくった。隣からの返事はなかった。そればかりか、彼の横顔はさっきまでとはうってかわりこわばって見える。何を考えているかは分からないが、逆にそれが怖くてこれ以上は声をかけられなかった。
ところで、何故僕がこんな始めて会った謎だらけな男の車の中でくつろいでいるのかというと、そうなるまでの課程には一見単純で、しかし僕にとっては、ものすごく重要な理由があった。最終的にはそれが僕の背中を押したのだが。
とにかくそれを説明するには、今から三十分前まで時間を逆のぼらなければならない。そう、彼が無謀にも赤信号の交差点を渡り終えたあの時まで。
「お迎えにあがりましたよ。酉那忍さん」
僕は、口をポカンと開けたまま彼を見つめた。迎えに来た?何のことだ?何故僕の名前を知っているんだ?尽きない疑問に、僕の頭の中はゴチャゴチャになっていた。けれど男は、何のおかまいもなしに僕の手をとったかと思うと、
「行きましょう。時間がありません」
と言って歩き始めようとする。僕はその手を強引に振りほどき、続いて彼のむなぐらをつかんで引いた。
「いきなり何だよ。誰だよお前!」
いきり立つ僕を、その涼しげな瞳に映しながら、男はさらりと言った。
「私の名前は須貝流と言います。よろしく」
僕は手を放さなかった。そればかりか、すきさえあれば殴り倒そうとさえ考えていたくらいだ。
「どうして僕の名前を知っている」
「ここ数日間、あなたを調べさせていただきました」
「何だと!」
それを聞いた時、既に僕の右手は顔面めがけて突き抜かれていた。けれどそれが、わずかでも狙った部分に触れることはなかった。彼は瞬き一つ見せずに、僕に空を切らせたのだった。