DEAR PSYCHOPATH−4−-2
「ここで詳しい話は出来ません。とりあえず私について来てくれませんか?借りていっていいですよね。雨宇詩鈴菜さん?」
切れた。何でそうなったかは分からないが、とにかく説明も出来ない程の怒りが、一気に燃えあがった。
「貴様!こいつまで調べたのか!」
再び右拳を振りあげる。結果は同じだった。男はそれを余裕でかわし、気がつくと一差し指を僕の頬に突き付けていた。僕の頬に冷たい汗が流れる。力の差は歴然としていた。
「あなたと戦うためにここへ来たのではありません。話をするためにここへ来たのです。さぁ、行きましょう車を近くに止めてあるので」
そう言うと、彼は、静かに手を差し出した。わけの分からないことをべらべらと並べやがって。心底腹の立つ奴だ。僕がその手に触れることはなかった。
しかし、
「ったく、付き合っちゃいられないぜ!」
と彼に背中を向けて歩きだそうとした。その時だった。
「忍さん。あなたは最近、奇妙な夢を見るはずです」
一刹那、その一言に僕の心臓は鷲掴みされたようだった。ジクリとした痛みが全身に広がり、足を止める。
「その謎も解いて差し上げますよ」
彼は透き通るような声で付け足した。
「何故・・・それを?」
消え入りそうな声で、僕は言った。信じられないことに、振り向くことも、そして前へ進むことも出来なくなっていた。流と名乗る男が口にした『夢』という単語は、僕の手足に錠をかうに十分な効果を持っていたということだ。僕は歯を食いしばった。握りしめた両拳は汗ばみ、震えていた。唇をかみ、きつく瞼をとじた。
「忍さん」
流の声に、肩がピクンとはねる。
「どうしても、ここで話すわけにはいかないのです。私の車へ来てください。
会わせたい人もいるので」
彼が話し終わるのを確認して、僕はゆっくりと瞼を持ちあげ、少し間をあけた後で、
「分かった。行くよ」
・・・と、いうわけだ。
まぁ簡単に言ってしまえば僕は、『夢』という名の餌に釣りあげられた魚みたいなものだ。情けない話だが、それについて知るためだけに、わざわざこの車に乗ったと言っても過言ではないのである。何故なのか、本当に何故なのか、僕は、あの奇妙な夢に背中を押されていた。しかし、彼は車に乗っているその間、そのことについては何一つ話してはくれなかった。おそらく、全ては彼の言う、会わせたい人がいる場所へたどり着いてからというわけなのだろう。別にそれはそれでいい。それでいいのだが。
「おい」
「何ですか」
「何か、こう、雑談も出来ないのか。くだらない無駄話でいいからさ」
それを聞くと彼は、にべもなく言った。
「もう着きましたけど」
「へ?」
驚いて辺りを見回し、初めて車が止まっていることに気がついた。いつの間に、と、もう一度注意深く見回す。今、僕らがいるのは海沿いの太い車道ではなく、冷ややかな空気の漂う森林の中だった。それ以外のものと言ったら唯一、目の前に見えるプレハブのような小さな建物くらいだ。
「そろそろ降りたらどうです?忍さん」
「忍でいいよ。僕もあんたを呼び捨てで呼ぶから」
そう言うと僕は、助手席から外へと飛び降りた。彼がこれから僕をどこへ連れて行こうとしているかは言わずと知れたことだった。何せ、建物が一つしかないのだから当然だ。
「まるで廃墟だな」
そこは僕が口にしたとおりの場所だった。どこもかしこも、ほとんど元の色が見えない程、茶色く錆びていて、幾つかある窓にもペンキらしきものがとんでいたり、もしくは割れていたりしている。とてもじゃないがここに人が住んでいるとは思えない。けれど、周囲の手入れだけは誰がしたものかたいしたものだ。伸びきった雑草はまるでなく、ゴミ一つ落ちちゃいない。僕は目だけをキョロキョロさせ、様子をうかがった。