燕の旅童話集(全七編)-5
(四)噴水のある公園で
私は、淋しい気持ちでカラリと晴れわたった空を飛んでいました。
しかし、羽は重たく思うとおりには動きません。
何故か呼吸も苦しく、長時間の空は苦痛です。
私の故郷では、一日中空にいても今ほどの苦痛は感じません。
この地の空気の汚れのせいもあるでしょう。
しかしそれ以上に、先のあのことが私の羽を重たくしているのだと思います。
望んではならないことを望んだ私が間違っていたのかもしれません。
でもそんな時、本当に神様はいいお方です。
そんな苦しみの私に、又新しい悦びを与えてくださいました。
噴水のある公園で疲れた羽を休めていると、世にも美しく清らかな恋の囁きを聞きました。
ベンチの端に腰掛けて、一人の青年が一心不乱に本を読んでいます。
一人の少女が一心不乱に、同じベンチの反対側の端に腰掛けて本を読んでいます。
噴水の水は、まばゆいほどの太陽の光を反射しています。
噴水の水は、力一杯背伸びしています。
春が来たようです。
二人のまわりでは、もう冷たい風はありません。
二人はひと言も口をききません。
唯々、一心不乱に本を読んでいます。
時折見せる、悲しげな憂いを秘めた目。
陽当たりの良い縁側を思ってくださいな。
おばあさんがおじいさんと二人で、庭に咲いた春の花を見ている。
おばあさんの目が印象的です。
でも、私にはよーくわかっているのです。
どんなに二人が相手のことを気にしているのか。
時折、チラリチラリと盗み見をしています。
そして又安心して読みふけっています。
そうなんです、いろいろと相手のことを想像しているのでしょう。
あぁ、何と美しい。
昔、古き良き時代には歌を読みあって自分の心を伝えあったと聞きます。
そのもどかしさ、じれったさ、素晴らしきかな。
今、片想いなのだと思いこんでいるふたり。
淡い期待を抱いたり、絶望の淵においやられたり。
相手の顔色をうかがいつつ視線を合わせようとしないふたり。
谷底で大きな口を開けて待っている、恐ろしい悪魔にもさぞかしじれったいことでしょう。
さぁ、手をとるのですよ。
さぁ、声をかけてください。
それですべてうまくいくんです。
さぁ、早く。
ところが、そんな私の声に気がつかず、青年は本を閉じて立ち上がると噴水のまわりを歩き始めました。
その後ろ姿はいかにも寒そうです。
そこのお嬢さん、さぁ早く行っておやりなさい。
あの青年は貴方を待っています。
あなただって寒いでしょう。
青年が噴水を一周した時、ようやく少女は腰をあげました。
そぉ、とうとう決心したのでしょう。
青年も決心したのでしょう。
早足で歩いてきます。
少女も歩いていきます。
お互いに、満面の笑みを浮かべています。
あと、10m・8m・・・3・2・1m、さぁ手をとって。
あっ、二人はすれちがいました。
どうしたの?一体。
神様のなんと意地悪なことか。
今頃になって青年のグループを来させ、そして少女のグループをお呼びになった。
ふたりは、それぞれお互いのグループの中に入りました。
しかし、私は知っています。
あの時二人は、お互いの手を握るつもりだったのです。
きっとそうです。
さようなら、さようなら、でも楽しかった。
気持ちのいい時間でした。
私は晴れ晴れとした気持ちで、又寒い風の吹く空へと飛び立ちました。