ストーカー-3
三
いつもより目覚めが悪かった。休みの日なのに何でこんな寝起きなんだ、とすぐに落ち込む。これが秀次の悪い癖でもあった。
ダブルベッドの左側に彼女の姿はなく、代わりに下から調理をする音が耳に響いてきた。
この音を聞くことで、彼女と出会えて良かったと自らの運命に感謝できるのである。
『おはよう。』
二階に下りた秀次は、まず最初に美咲に声をかけた。
『あっ、おはよう。いま朝ご飯できるからね。』
調理を行っていた美咲は、かわいらしい顔をこちらに振り向かせそう呟いた。
自分で言うのも何だが、美咲はかなりの美人だ。どっちかというと、かわいい系の今どきの女の子。そんな彼女と初めて出会ったのは、ある日の合コンでの出来事だった。
俺たちの合コンでは、一番最後に必ず告白タイムを用意する。そのとき、一番好きな女の子を男が指名するのだ。そのときに、お互いに両思いならばメールアドレス交換となる。しかし、そこで失敗した場合は負け犬グループとなるのだ。
そんなルールの元、俺はその日美咲に目をつけた。第一印象で美咲に決めていたし、それから何度もアタックした。そのおかげなのか、告白タイムで俺と美咲は両思いになった。
俺はこのときは初めて告白タイムで成功したのだった。しかし、まさか今までで一番かわいい女の子で成功するなんて、神様も自分を見放してはいないんだな、と変なことばかり思っていた。
それから何度かデートをし、見事にカップル成立となった。そのとき、早く結婚したくてたまらなかった秀次は、付き合ったとほぼ同時くらいにプロポーズをした。突然のプロポーズにとまどいを隠せなかった美咲だったが、泣きながらオーケーしてくれた。
そのときのことは鮮明に憶えている。
これまでの過程を経て、見事に美咲と結ばれたのだ。その思いをぶり返せば、よけいに邪魔されたくない。そう強く思った秀次は、ポストまで郵便物を取りに行った。案の定、悪い予感は的中しその中に“あの手紙”は混ざっていた。
ため息をつきながら家に戻り、見る前に捨ててしまおう、と思ってすてようとした。しかし、そのときふとある物が目に入った。
よく見れば、今までは封筒の外には何も書いてなかったはずなのに、今回は何か文字が書かれていた。それを見た瞬間、昔の記憶が嫌な思いでと共によみがえってきた。
「貴方と私は永遠に結ばれる運命にあるのよ。永遠にね。」
冷や汗がどっと出たのを感じ取り、額の汗を袖で拭う。
『まさか、あの女が言っていた呪ってやるって言うのは……。』
焦りを隠せず、顔が不安げな表情に変わっていった。
何故。あいつが。今?何をするつもりだ。
あの嫌な美由紀、と言う響が頭の中に残っている。できれば思い出したくはなかった。あの女の記憶は完全に頭から消し去りたかったのだ。それなのに、この幸せをぶちこわすようにして……。
『何がしたいんだっ!!』
怒鳴った秀次に美咲は体をびくつかせた。
『どうしたの?何かあったの?』
そう訪ねられた秀次は、事の全てを美咲に打ち明けた。美咲は何て事はない、たいしたこと無いいたずらだと軽くはねのけた。美咲は奴の恐ろしさを知らない。あいつはむかし、好きな男に彼女ができると女を連れだし、一週間監禁しながら別れるよう説得するのだ。それでも別れないものならば、その女の裸の写真を撮り、ネット上にばらまいた後学校の掲示板にはる、と脅してくるのだ。それを聞けばたいていの女は恐がり、別れることを決意する。もしそれでもダメならば、実際に事をしでかす。
そんな、自分の好きな人のためなら手段を選ばない冷酷な女から手紙を受けて、どう対処すればいいのかなど思いつきもしなかった。
しかし、何としてでも美咲と俺との幸せな時間を奪われてはいけない。せっかく掴んだチャンスだ。みすみす逃すほど俺は馬鹿じゃない。絶対に別れはしない、何があっても。