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伊藤美弥の悩み 〜受難〜
【学園物 官能小説】

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高崎竜彦の悩み 〜恋語り〜-4

……って、言われてもなぁ……。
 翌日の俺は焼き上げたココア入りのスポンジケーキにチョコレートでデコレーションしながら、弟の言葉を反芻していた。
 僕はもう大丈夫、か。
 いつの間にか、大人になりやがって……。
 ……う〜ん。
 あぁ言われてもなぁ。
 俺は無意識のうちに仕上げを終えたケーキを脇へ押しやり、次のケーキをデコレーションにかかる。
「おい、イ・ロ・オ・ト・コ」
 背後からの呼び声に俺は作業を止め、振り返る。
 そこにいたのは宮子と、ソムリエールの西崎さんだった。
 フルネームは、西崎峰子(にしざき・みねこ)。
 待山さんの上司に当たり、当年とって四十六歳の、レストラン内で当人以外誰もが認める女傑だ。
「ちょっとお話があるんだけど」
 はい?
 西崎さんの言葉に俺はケーキのデコレーション作業を脇に置き、二人の方に向き直った。
「なんざんしょ?」
 宮子が、派手にずっこける。
 西崎さんは意味ありげに眉を吊り上げただけで、本題に入った。
「待山さんの事よ」
「昨日飲みに行っただけですけど……?」
「そう?」
 西崎さんは、腕を組む。
「その割には彼女、ずいぶん浮かれてたわよ」
「カクテル三杯のお付き合いですよ」
 俺は断言した。
「今しばらく、恋愛する気はありません」
 ぱらっと口を滑らせてから、俺はこの言葉が頭の中のもやもやを晴らしてくれる一言だと気が付いた。
 そうだよ。
 いくら龍之介が俺を赦してくれても、俺は自分を赦せないんだ。
「宮子君。彼、本当に分かってないわねぇ」
 呆れたように言う西崎さんに対し、宮子は苦笑しやがった。
「でしょう?」
 あのなぁ……。
「あの子は娘と言ってもおかしくないくらいの年齢だし、私が気を揉むのはお門違いだけど……けど、惨い真似はしないでね」
 西崎さんの気遣わしげなこの口調は、俺の耳に残った。


 無用な衝突を避けるため、仕事を終えた俺はそそくさとロッカーまで行って手早く着替え、誰よりも早く職場を出ようとした。
 が、上には上がいるもんだ。
 今日の待山さんは、その例と言えた。
 通用口から出た俺は、その外に立っていた待山さんを見て、喉の奥で呻く。
「昨日は中断しちゃいましたし、改めてと思って」
 そう言って微笑む待山さんを見て、今度は喉の奥で唸ってしまう。
 何かこう、素晴らしくまずい兆候を見てる気がするんだが。
「待山さん……」
「駄目、ですか?」
 待山さんは小首をかしげ、髪をさらりと揺らす。
「…………家まで送るよ」


 待山さんの住居は、独身者向けに作られた1Kのマンションだった。
「高崎さん……」
 マンションの玄関口まで来ると、待山さんは俺の方を振り向いた。
「上がりませんか?コーヒーくらい……」
 俺は、きっぱりと首を横に振る。
「待山さん。俺……」
 唇を湿し、俺は告げた。
「確かめたい事が、あるんだけど」
「はい?」
「凄い自惚れかも知れないけど……君、俺に好意を持ってる?」
 口に出した途端、俺は台詞のまずさに舌打ちしたくなった。
 恋愛沙汰から遠ざかってると、こういう場合の口の使い方にもうとくなっちまうのか?
 ところが彼女の反応は、ちょっと意外なもので。
「はい。高崎さんの事、好きですよ」
 …………………………おぅい。
「そうでなきゃ、飲みになんて誘いません」
 ……まぁ、ストレートに言ってくれた方がかえってありがたい。
「ありがとう、待山さん」
 俺は素直に礼を言った。
「けど、誤解させたり曖昧な表現で期待させたりしたくないから……この際はっきり、言っておく」
 待山さんの目を見据え、俺は告げる。
「五〜六年前になる。俺には、結婚を誓い合った恋人がいた……ああ、死んではいないよ。今もどこかでピンピンしてる」
 待山さんの表情を見て、慌ててそう付け加える。
「ところが婚約期間中に、彼女が浮気してね。頭を冷やさせるために、俺は彼女から離れた」
 龍之介、ごめんな。
「それを不満に思った彼女は、鬱憤を弟にぶつけたんだ。その結果として、弟は心身に今も癒えない傷を負った」
 待山さんが、息を飲む。
「その日から俺は、誓いを立てたんだ。弟が幸せにならない限り、自分を幸せにしないって」
「そんな……!」
 俺は待山さんの言葉を遮り、続ける。
「けど昨夜、弟が言ってくれた。自分は大丈夫だから、俺の幸せを捜してくれって」
 ごめんな、待山さん。
「でも駄目なんだ。俺は、自分で自分が赦せない。弟から赦されても、あいつがもっと幸せにならなければ、俺は自分を幸せにできない。だから今の俺は、自分を幸せにする恋愛なんてもっての外なんだ。だからごめん、待山さんの気持ちには応えられない」
 言いたい事を言い尽くした俺は、恐る恐る待山さんを見る。
 待山さんは……考えて、結論を出したらしい。


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