傷痕は誓いの印 〜傷痕side RYU〜-1
あの光景を、忘れない。
あの言葉を、忘れない。
すべて自分のためのもの。
「流。お前、式の日取り以外も大丈夫なのか?」
「あぁ、全部決めたし…あとは日を待つだけ」
あらあら、と後ろで母さんが笑った。
あとすこし、あとすこしで全てうまくいく。
千歌の家とはそれなりに付き合いが長いせいか、幼いころの自分たちに男女の認識は低かった。
だからこの結婚も、千歌の傷がなければない話だった。
なんて…千歌が思っているのは知ってる。
本当は、全然ちがうのに。
ずっと俺の中で千歌は『手に入れたい』『自分だけのものにしたい』……俺の独占欲の全てがむけられる相手だった。
幼心に千歌が他のヤツと話すとムカムカしたし、俺じゃない誰かに笑ったらイライラした。
むしゃくしゃして千歌にあたる自分の情けなさにやりきれなくても、千歌が泣きながら『りゅーくん、ごめんね。おこらないで、ゆるして』なんて言えば気がすんだし、許した後の千歌の笑顔で何もかも許せる気がした。
あの日。
雨上がりで虹がでていた。
雫がキラキラ光ってキレイだキレイだねって騒ぎながら、いつも通り二人乗りで帰る途中。
あっというまに。
水溜まりにスリップした自転車の横転で、俺が起きあがったころには、千歌の背は赤く染まっていた。
「りゅー、くん」
荒い息のなかで呼ばれる名前に鳥肌がたった。
傷痕が消えないくらい酷いものだと知ったとき、千歌に謝った。
ごめん、ごめん、って何度も謝った。
心の中で喜んだ自分がいてごめん、て。
千歌は傷に対する謝罪だって思っているだろうけど、俺はむしろ感謝なんてしてたのをもちろん……
…千歌は知らない。
爛れたような赤い傷痕は酷く清らかなものに思えて愛しかった。
自分のものだっていう、印みたいで…幼心に残酷に喜んだ。
お嫁さんにもらう
親たちが冗談混じりに言ったそれは、俺には甘美すぎる提案だった。
なんて、魅惑的な――