過激に可憐なデッドエンドライブ-62
「生きることを諦める、か」
かつてテツヤの母と交わした言葉が思い出される。
「諦める。死ぬってこと?」
キョウの声が震えている。この少年を道連れにしてしまった。それが悔しくて、申し訳ない。
「…そんなのダメだ」
その時、胸元でキョウが動き出した。自分を押しのけるようにして立ち上がる。
「あ、痛っ」
顔をしかめてよろめくキョウ。無理も無い。骨の数箇所は折れているだろう。それほど酷い怪我をしている。立ち上がれるだけで驚きだった。
「…キョウ?」
「なんだ小僧」
力に満ち溢れるアシュラが振り向く。その身体の至る所からは押さえ切れない炎が吹き出ている。しかし、その表情は背筋をひやりとさせるほど冷たい。
「テツヤ、何をしているの? いつものテツヤらしくないよ」
「やめろ、あれはテツヤではない!」
リリムレーアにはキョウの思惑が読めなかった。今、自分の置かれた状況を理解してないのか。
「わかってるよ。でも、さっきまであれはテツヤだった」
「テツヤとはこの身体の持ち主か。残念だが、この身体はもう我のものだ。その少年は既にこの世から消えた」
キョウの身体が強張る。リリムレーアの耳にはキョウが拳を握り締める音が聞こえた。
「嘘をつくな。テツヤは生きてる。お前から取り戻す!」
キョウの目付きが変わる。アシュラの伝説を知らないからか、キョウは目の前の魔人を全く恐れていない。
アシュラはキョウにとって怖れるべき相手ではなく、憎むべき暴力なのだ。
「ふははは! 面白い小僧だ。身の程を知らぬ人間とは可愛いものよ」
アシュラがキョウに詰め寄る。その顔は、キョウの親友のものだ。しかし、彼のよく知るテツヤは、友達を見下すような顔はしない。
「自分がゴミだと言う事に気づかぬのか?」
キョウにとって、空手部の仲間はかけがえのないものだった。その想いはテツヤがそう思っているのと負けないくらい強い。キョウにとっても今の生活は、かつての自分と隔てる証なのだ。
「テツヤを、返せ!」
キョウの知る全て。
弓を引き絞るように、右手を強く引く。
十分な間合い。地面を大きく踏み鳴らして、全身に力を伝える。
腰の回転。
脇の下を砲台に見立てて、右手の砲弾を脇に擦りつけるようにして加速させる。
右手が描く軌道は直線。無駄な動きは一切ない。
この一撃は最初にして最後。全てを込めた一撃。
故に、必殺。
「はあっ!」
キョウの正拳がアシュラの顎に迫る。
「ふふ」
それを嘲笑うかのように避けるアシュラ。しかし拳は思いのほか伸びて、アシュラの左胸に突き刺さる。
「ぐう、いい一撃だ。人間にしては上出来だな」
急所を避けたアシュラにダメージはない。が、しかし。
「う、ぐうう」
アシュラの体が痙攣を始めた。急所は避けた。それなのに、身体が悲鳴をあげる。
「なんだこれは―」
その一撃はどこに当たっても関係ない。当たれば必殺。それは達人の域に到達した者だけが放てる奥義だった。同じことをもう一度やれと言われてもキョウにはできないだろう。それでも、キョウの全てをかけた一撃は魔人であるアシュラにすら届いたのだ。
「小僧!」
怒ったアシュラが五指を逆さに突き出す。その軌道が術式となり、螺旋状に延びる炎がキョウを襲った。
刹那、キョウの目の前に、青白い壁が出現する。
炎は壁に阻まれた。
「貴様!」
アシュラが血走った目でキョウの背後を睨みつける。そこには肩膝をついて、二本の指を宙に躍らせるリリムレーアがいた。