過激に可憐なデッドエンドライブ-61
「じゃあ、こいつは焔の…」
「その通り。肉体はなくなったが、我は滅びておらぬ。血を残し、いずれ我自身が転生するのを待っていた。尤も、我が末裔といえど、人間の身体であるかぎり我の復活には耐えられぬのだが…」
その通りだ。そうさせないために父はアシュラを封印し、人間界に転生させたのだから。しかし、幼き日のテツヤの話を聞く限り、アシュラは目覚めていなかった。そのアシュラを覚醒させたのは、恐らく、自然と発動していた私の永久制約術式。その強力な魔力に反応したのか。
リリムレーアは唇を噛み締めた。強すぎる制約力が仇になったのだ。
「同じく復活していたマグダが我の力を抑える術式をかけてくれた。ふふふ」
肩を震わせて笑うアシュラ。そのなんと邪悪なことか。
「…ユリア」
愕然とした表情でヨシュアが口にする。次第に身体から力が抜け、がくりと膝をついた。
「マグダ姫が復活しているだと!? どういうことだ!」
リリムレーアがヨシュアを睨みつける。しかし、ヨシュアは肩を落とすばかりで答えようとしない。
「激昂するな。竜の姫よ。貴様を我の女とするのも面白いが、奴の一族は全て根絶やしにすると決めているのでな。勿体無いが殺す」
かつん
アシュラが踏み出した一歩は、瓦礫の中でやけに大きく響いた。
リリムレーアにとってそれは絶望の足音だった。
「…ふざけるな」
その声は、呆然としていたヨシュアのものだった。
「どれだけ僕をバカにすれば気がすむんだ、お前たちは!」
地のそこから唸るような声だった。
ヨシュア・ドラクロワがリリムレーアの生き血を得ようとした理由。
「僕はドラクロワ家の当主だ! 一番偉いのは僕だ」
血が薄れ、再生能力以外吸血鬼としての力は無い。それでも幼き頃から、一族の長としての心構えとプライドだけは教えられてきた。それが仇になったのか、切れ過ぎる妹の影に怯えながらも当主の座に固執し、家臣のほとんどに愛想をつかされた。
でも、力があればみんな僕を認める。
「うおおおお!」
ヨシュアが駆ける。
予備の剣を抜き、正眼に構える。
防御も何も考えない渾身の一突き。
「ふふ、術式を使えぬ吸血鬼とは滑稽なものだ。その魔力だけが自慢の一族であるのに」
掌を捻じる様にして円を描くアシュラ。
猛スピードで近接するヨシュア。その目の前で完成する術式。
「インフェルノ・サークル大烈火炎陣!」
「あ―」
ふわりと宙に浮くヨシュア。その足元の空間が爆ぜる。
「ふせろ、キョウ!」
キョウを押し倒してリリムレーアが伏せる。キョウは熱にうなされたような目でアシュラを見つめている。
豪炎。大爆発。肌を焼くような熱気。耳を裂く爆音。
「ふははは! 我こそは炎帝! この世を再び炎獄と化してやろう」
自分の力に酔いしれるように、アシュラが笑う。その表情に、テツヤの面影はカケラもなかった。
文字通り消し飛ぶヨシュア。後には塵一つ残されない。教会の中心に黒い円が出来上がっている。その円がヨシュアの墓標だった。
「くく、十分だ。肉体を崩壊させずにこれだけの力が出せれば十分だ! あの憎き竜神も、忌わしき牢獄であるこの世界も、偽りの天界も! 全て燃やし尽くしてくれる!」
両手を掲げて、魔力を放出するアシュラ。辺りの温度が急激に上昇している。吸い込む空気に喉が焼け付くほど熱い。
しかし、それを目の当たりにするリリムレーアは衰弱し、キョウは傷だらけの上にただの人間だ。
今、この場にアシュラを止められるものはいない。いや、竜神が死んだ今アシュラを倒せるものは人間界にも天界にも存在しない。
終わりだった。何もかも。
リリムレーアは絶望に満ちた目で、自分の死そのものである存在を見つめた。この魔人に比べれば、必死に倒そうとしていた敵など虫ケラも同然だ。
もう悩んでも意味は無い。全ては滅びるのだから。