過激に可憐なデッドエンドライブ-60
「そんなっ!」
背中から剣を根本まで差し込まれたテツヤは、痛みを感じないのか全くの無表情だった。それを見ているリリムレーアの方が痛そうに顔を歪めている。
「…グウ」
「ひ、ひいっ」
リリムレーアを降ろして、のそりと立ち上がるテツヤ。驚いて剣から手を離すヨシュア。
「ゴアアアアアア!」
テツヤが剣を胸に刺したまま吼えた。とても人間とは思えない咆哮。
「…炎?」
燃えている。テツヤから流れ出る血が炎を上げている。その炎は全身を駆け巡り、いや全身から新たな炎が生まれようとしている。物凄い勢いでテツヤは炎に包まれていった。
「こ、これはあの時の―」
怯えたように腰を抜かすヨシュア。その両目は恐怖に見開かれている。
爆炎。月を穿つほど巨大な火柱。
一体、それは何の炎なのか。少なくとも人間を燃やしてもこれほどの炎はでない。
「これがホムラ一族の力なのか…」
リリムレーアは衰弱した身体に鞭打って、なんとか身を起こす。
かつて天界を滅ぼしかけた魔人を祖に持つ焔の一族。目の前の少年はその一人である。
「しかし、これは、まるでアシュラそのものではないか!」
その時、荒れ狂うような炎の中から青い光りが溢れた。光はどんどん大きくなり、次第にその炎を包み込んでいく。
一瞬の静寂。
「…テツヤ」
キョウが安殿の声をあげる。先ほどまで炎に包まれていた少年が無事な姿で現れたからだった。しかし、それを見つめるリリムレーアの表情は険しい。
「…そういうことか、マグダよ」
テツヤが口を開く。それはいつもの少年の声だった。しかし、その身に纏う雰囲気は全く別の邪悪なものだった。
「な、なんなんだ、オマエ」
ヨシュアが玉の汗を額に浮かべて後ずさる。
「ほう、吸血鬼か。どう足掻こうと、貴様らのマグダ姫は我のもの、無駄なことはするな」
テツヤの目が細められる。その目を見て、リリムレーアは身構え自分の予想が正しくないことを祈った。
「マグダ姫って…、何言ってんだコイツ。おいお前ら、怯えてないでコイツを殺れよ!」
ヨシュアに嗾けられて人狼達が牙を剥く。しかし、その戦意は明らかに削がれていた。
「ふん、ワーウルフ。誇り高き戦士だと思っていたが、吸血鬼の軍門に下ったか。牙を抜かれた狼は負け犬にしか見えぬな」
自らを取り囲む人狼たちを恐れもせず、テツヤは不遜な態度を崩さない。
「見苦しい。我が死をくれてやろう」
テツヤが片手を優雅に振りかざす。それはとてもゆっくりとした動作だった。
崩れた屋根から差し込む月明かり。冷気。風の音。
ずしゃ
「何!」
瞬間、数体の人狼たちは全員、灰となって崩れ落ちた。
あの動作は術式を描いたのか。あの簡単な動きだけでそんなことはできない。あれは術式なんかではない。純粋な魔力のみの超瞬間焼却。しかし、そんなことができるのは―。
「…アシュラ」
リリムレーアの呟きに、崩れ落ちた教会に沈黙が落ちる。それは驚愕によるものだった。
「ば、バカな! アシュラは千年も前に死んだんだろ! お前の父親が倒したんだろう」
取り乱して叫ぶヨシュア。部下を一瞬で灰にされたヨシュアに余裕はない。
「死んでない。封印されて人間界に堕ちただけだ。そして血を残し、ホムラの一族が生まれた」
かつてテツヤであったものを睨みつけながらリリムレーアが説明する。それを聞くテツヤ、いやアシュラは余裕の笑みを浮かべていた。