過激に可憐なデッドエンドライブ-56
「何があったか知らぬし、聞きたいとも思わぬ」
キョウのすぐ耳元で聞こえる優しい声。その声に導かれるように、少年は目を閉じた。
「…ただお前には私がついていてやる。安心しろ」
それは少年が初めて知る、人の温もりだった。
そんな暖かさに包まれて、キョウは静かに涙を流した。
常に仮初の笑顔を絶やさなかったキョウの嗚咽は、酷く人間臭いものだった。力を求めて身体を鍛え、技を磨き、ひたすら勉強し、周囲から天才と呼ばれた凡人の少年はその時、初めて安堵していた。
しかし、そんな少年の束の間の安息は脆くも引き裂かれた。
「何いちゃついてるんだ!」
突然、開かれる重い扉。その時、教会に響いた音は、あまりに暴力的なものだった。
「このガキ…、その女は僕のだぞ」
妙に甲高いその声は、黒衣の術者たちと人狼族を従えたヨシュアのものだった。
「お前のものになった覚えはないがな」
キョウを庇うようにして、不自由な身体を起こすリリムレーア。
「ああ、綺麗だよ。お姫様。それでこそ、僕の花嫁だ」
恍惚の表情を浮かべて両手を広げる金髪の美男子。
そんなヨシュアを見て嫌悪感を露わにするリリムレーアは、次の瞬間、両手を物凄い力で引かれていた。
がしゃがしゃと音をたてて両手首に繋がれた鎖が引かれて行く。
「ぐ、あ」
腕が引きちぎられそうな痛みを感じながら、身体が宙に浮いていく。
「あはは、ひゃはは!」
狂ったように笑うヨシュアの足元で、キョウが苦しそうに片手を上げていた。
ゴウンという音を立てて、鎖を引いていた歯車が止まった。それを合図にしたかのように地面に描かれた魔方陣が仄かに赤い光りを帯び始める。そうして完成していく魔法陣。それを縁取るように立つ術者たち。
そして、術者たちを取り囲むように更に青白い円が出現する。
謎の魔方陣を取り囲む防御結界。これで私は文字通り閉じ込められた。
十字架の前で宙に貼り付けにされるリリムレーア。
「あは、あはは。さあ、結婚式を始めよう」
笑い疲れたのか、肩で息をしながら厳かに宣言する吸血鬼。そんなヨシュアにキョウがしがみつく。身体が満足に動かないのか、その抵抗は弱々しい。
「…ゴミが」
無残にも顔を踏みつけられるキョウ。
「地ベタに這いつくばりながらも、僕の結婚式に参加できるんだ。ありがたく思え」
ヨシュアは残虐な笑みを浮かべながらも、キョウを何度も蹴りつける。
「やめろ! その者に手を出すな」
がしゃがしゃと幾重にも張り巡らされた鎖を揺らしながらリリムレーアが叫ぶ。
「…ああ、ごめん。キミを忘れているわけじゃないんだ。そんなにヤキモチやかないでよ」
にたりと笑いながら、ヨシュアが指を鳴らす。
その時、ぐさりと、耳を塞いでしまいたくなるような音が響いた。
「あっ、ぐあ!」
次いで辺りに漂う濃厚な、錆びた鉄のような臭い。
リリムレーアを拘束していた首と手首、足首につけられた金属の輪。そこから鋭い刃物が飛び出し、少女の肉を貫いていた。
「あっははは! 美しい、凄く綺麗だよ。僕のリリムレーア…」
狂気に歪みきった顔で高く笑いながら、ヨシュアはリリムレーアの血を全身に浴びる。
「ああ、熱い。これが君のヌクモリかい? 凄いよ。溶けてしまいそうだ。これで、僕も…僕をバカにした奴らを見返すことが出来る…」
全身を真赤に濡らす吸血鬼。ノスフェラトウと呼ばれ、三百年生きた。しかし、その魔力は弱く、周囲からは暗君と言われ、多くの家臣は妹に靡いている。家督を継いだのは僕なのに!
でも、そんな日々も終わりを告げる。
天界に君臨する竜族の血。その生き血を啜れば、自分の力は妹よりも強くなるはずだ。忌わ
しき術式によって神祖マグダをその身に降ろされた妹よりも!