過激に可憐なデッドエンドライブ-55
「…鎖が無ければ、すごく綺麗なのに」
キョウがにっこりと微笑んで呟く。その笑顔は苦し紛れなのか、随分ぎこちなかった。
しかし、そんな苦しみを和らげようと回復術式を描こうとしても、術式は全く発動しない。
全ての術式は、式を描く事によって発動する。
例えば、この得体の知れぬ魔法陣のように。
しかし、制限されながら辛うじて指を動かしても空中に術式は描けなかった。
自分を拘束しているこの金属はただの鉄ではなく、術封じが施されているようだ。表面に見慣れない模様が描かれている。
「…すまない。君を巻き込んでしまった」
うなだれながら呟くリリムレーアの言葉は弱々しい。
「気にしないで。あいつには僕も恨みがあったから」
落ち込む少女を励まそうと、キョウの言葉は優しく温かい。しかし、その言葉にリリムレーアは眉をひそめる。
「…君は怖くないのか?」
人狼族やヨシュアという怪物に襲われ、満身創痍で見ず知らずの場所に倒れていると言うのに。少なからず覚悟のある自分とは違い、この少年はあの聖域のような日常に生きる者なのだ。
「怖い?」
思ってもみなかったことを聞かれたように、キョウはきょとんとした顔をした。
「そうだ。こんな状況でなんで笑っていられる?」
リリムレーアの怪訝そうな表情とは対照的に、キョウは至って普通だった。満足に身体を動かす事もできないほどのダメージを受けているのにも関わらず。
それはなんとも歪な光景だった。
「なんでだろう…。そういえば、おかしいよね」
リリムレーアの金色の瞳がキョウを見据える。その瞳はキョウの歪さを浮き彫りにした。
そこで初めて少年の顔が歪む。そういった顔をすると、少年は心臓を握り潰されそうな思いに襲われた。
「あ、あれ…あ、ああ」
少年にとっては、何よりもそのことが恐ろしい。こんな顔をしては駄目だ。困っちゃいけない。泣いちゃいけない。痛がってはいけない。あの人の機嫌を損ねてはいけない。
「おい、どうした? おいっ!」
身体の自由の奪われたリリムレーアは、それでも激しく身体を揺して移動しようとした。横
で目を見開いている少年の様子が尋常ではなかったから。
―泣くんじゃねえって言ってんだろうが、このクソガキ!
大きな拳が目の前に迫る。それは自分の顔と同じくらいの大きな拳だった。
衝撃。激痛。耳鳴り。肌で感じる熱い液体。
しかし、それは一回では終わってくれなかった。
何度も、何度も、何日も、何年も。
必死に助けを求めて、遠くの女性を見つめても彼女は煙草を吹かすばかりだった。
「やめて! お父さん、ごめんなさい、ごめんなさい」
気が狂ったように暴れるキョウ。その幼少期の記憶は、彼の親友や、横の少女とは違う。ありふれた悲劇だった。少しも特別ではない。今、この時にも苦しんでいる子供達がいるであろう暴力。しかし、だからこそ性質が悪い。
「助けて、お母さん、お母さん!」
産みの親から受ける暴行。何度死にかけたのか、その回数を数えられなくなった時、自分で決意した。生き延びる為に―。
その数日後、病院に運ばれ、両親はいなくなった。その後、今の養父母に引き取られた。
それでも、未だに感じる恐怖に不安。そして、孤独。
それを忘れるように力を求めた。暴力を憎んだ。
力さえあれば、誰にも負けない力さえあったのなら、力さえ、力さえ―。
「あ、ああ」
その時、突然ふわりと柔らかいものに包まれた。
気づくと、強引な態勢でリリムレーアに抱きすくめられている。
とくんとくんという心地の良い心音。鼻腔を擽る甘い香り。柔らかな肌に包まれて、何よりもリリムレーアは暖かかった。