過激に可憐なデッドエンドライブ-54
『…まあまあ、鉄也さん。良かったじゃないですか。姫様に仕えるのは不満だったのでしょう? このまま、死んで頂いた方が貴方にとって幸運なんじゃないかしら。お友達は残念ですけれど』
「何言ってんだ、お前…」
冷たすぎる夕子の言葉を聞いて、背筋に冷たい汗が流れる。
『私も、ドラクロワのバカ殿相手に遅れを取る方に従う気はありませんの』
ドラクロワって…。さくらからの電話ではそんなことわからなかった。つまり、夕子は全部知っているのだ。
『もちろん、姫様もそのくらいご承知のはずよ? だからテツヤさんが気に病むような…』
思い切り携帯電話を壁に投げ捨てた。ぐしゃりと機械が潰れる音がする。
「ちくしょう…」
なんだよ。あいつ偉そうにしているくせに、結局裏切られているじゃねえか。
それなのに、一人で突っ張って、泣いて…。
「そんなの悲しすぎるじゃないか!」
結局、あいつが頼れるのは…。
あいつが唯一頼りにしていたのは…。
「アナタだけですよ」
突然の声。
振り向き様に感じる突風。
いつの間にか開けられた窓際に立っている人影。それは、朧法師だった。
「だから、あれほど言ったのに…。アナタの脳みそは猫ちゃんではなくミジンコ並だったようですね」
相変らずの憎まれ口も、混乱している俺には通じない。
「…俺は、どうすればいい?」
切羽つまった俺の問いかけに、朧法師は笑顔で答える。
「もうわかっているのでしょう? 誰かに頼るのではなく、自分で」
言いながら、朧法師が道を開くように横に移動する。
そこには、宙に浮かぶユリアがいた。
漆黒のマントを身に纏い、まるで海中にいるかのように金髪がふわふわと揺れている。
ユリアは月明かりを浴びて、眩いほど綺麗な手を差し延べていた。
「…困っているのなら、ユリアが助けてあげる」
どきりとするほど大人びた妖艶な笑み。それは善意か、悪意か。
不意に頭の中で警鐘がなる。
俺は…。いや、迷っている時間はない。
身を焦がす衝動に任せて、ユリアの小さな手を握っていた。
身を刺すような冷気に包まれた空間。
石と木で作られたその巨大な建物は、厳かな雰囲気が漂っている。
天井に嵌め込まれた巨大なステンドグラス。建物の奥に祭られた十字架。
そこは郊外の丘に建てられた古い教会だった。
その教会の床に蹲るようにして、二人の男女が横たわっている。
そして、二人を中心に描かれた赤い魔方陣。それは神聖であるべき教会にある禍々しき異物だった。
その中央に蹲る少女が、苦しげなうめき声を漏らす。
「…リリムさん、大丈夫?」
冷たい石の床に、力なく全身をつける鳴滝京が口を開く。
「ああ…お前、その身体!」
今まで気を失っていたらしいリリムレーアが、キョウの姿を見て身を強張らせる。
「はは、なんともないよ。顔を蹴飛ばしちゃったのがまずかったみたいで、ちょっとしつこくね。そんなことより、リリムさんこそ痛いところは無い?」
笑いながら少女の身を案じるキョウの全身は、血に染まっていた。ムチででも叩かれたのか、破れた衣服の隙間から赤黒い傷が見え、顔は痣だらけ。片方の目が見えてないのではと思うほど赤く腫れ、口からは血の筋が辿っている。
「笑っている場合か! 待っていろ、今すぐ!」
じゃらり
身を起こそうとした少女を重い金属音が阻んだ。
「なんだ、この格好は…」
驚愕するリリムレーアの口調とは裏腹に、身にまとう衣装は美しかった。
幾重ものレースをあしらった純白のウェディングドレス。
しかし、そのドレスの美しさを無粋な鉄の塊が損なっていた。
首と手足に頑丈な拘束具。そしてそれらを繋げる長い鎖。