過激に可憐なデッドエンドライブ-53
「そ、そういえば、吸血鬼は不死身だったな」
頭部に走る鋭い痛み。
髪をヨシュアにつかまれている。
「そうだよ〜。僕、体質だけはご先祖様のを受け継げてさ」
場違いな笑顔で、黒い紙切れを取り出すヨシュア。黒地に血のように赤い文字がびっしりと埋まっている。
ずぶずぶと底なし沼のように地面が沈みだす。
「またお前か!」
その時、ヨシュアの不健康なほど白い顔に靴がめり込んだ。
「馬鹿な!」
信じられない事に鳴滝京が、ヨシュアの顔を蹴り飛ばしたのだ。そんなに曲がるのかと思うほど、鳴滝京の股が空に向かって開いている。
だが、呪札による転送術式は止まらず、鳴滝京ごと黒く変色した地面が飲み込もうとしている。
「キョウくん!」
「バカ、危ないだろ!」
暗転しかけている視界の隅で、駆け寄ろうとした中川さくらを大男が抱きかかえていた。
それを見て少し安心しながらも、転送術式が不気味な音を立てて発動した。
暗闇の中で、テレビの光りだけがちかちかと目に入る。いつの間にか眠っていたようだ。
ソファで眠っていたせいか首筋が痛い。むくりと身を起こしてミネラルウォーターを口に含んだ。
広すぎる空間が闇に包まれていると、どうしても孤独を感じてしまう。
蛍光灯を点けながら、改めて高校生には不釣合いな部屋なのかなと思った。
「さだめ、か」
昼間、涙を流した少女がいた。その姿を見ると、自分と同じくらいの年齢だと言っていたのにも納得してしまう。
でも、リリムレーアと俺は違う。
まるで言い聞かせるように、ミネラルウォーターのボトルをあおった。
刹那、響き渡る場違いに明るい電子音。
さくらからの着信だった。
「はいはい、どうし…」
『大変なの!』
どうした? と聞こうとしたのを遮ってさくらが喚きだす。耳がきーんとするくらい大きな声だった。
『犬が! 金髪で、みんな凄くて、とにかく金髪の外人さんなの! あと犬!』
「は…?」
金髪の犬?
『とにかく、リリムさんとキョウ君が連れてかれちゃったの! もうテツ君、何やってんの? 警察に言っても…』
一瞬、思考が停止する。
心臓が握り潰されそうになった。
リリムレーアとキョウだと! クソ、だから言わんこっちゃない! なんでキョウが巻き込まれてるんだよ、よりにもよって。
取り乱すさくらから、一応の状況を聞き出す。
「とにかく、お前はさっさと家に帰れ! ちゃんとカギかけろよ」
ケータイに怒鳴りつけるようにして電話を切った。
クソ、クソクソクソ! 子供のように取り乱して、床を力いっぱい踏みつける。
そのまま、天にもすがるつもりでケータイを取った。
プルルル。プルルル。
本当は、こんなことしたくない。でもキョウが巻き込まれている以上、背に腹は変えられない。
『…なにかしら、鉄也さん? 私の携帯にかけて来るなんて初めてじゃない?』
どこか嬉しそうな夕子が出るや、即座に状況を説明して助けを求めた。自分でも虫がいいのはわかっている。でも、今頼れるのは夕子しかいなかった。
「…頼む。友達とリリムレーアが危ないんだ。リリムレーアに何かあったら困るんだろ?」
『ふふふ。珍しくお姉ちゃんに頼み事をするかと思えば、そんな無粋なことを…。殿方がそんなに取り乱してはみっともないですよ』
リリムレーアの危機だと言うのに、夕子の反応には全く焦りが無い。それどころか余裕すら感じさせる。