過激に可憐なデッドエンドライブ-50
「だから、別にあんたの家来になった覚えはない!」
何かを振り払うように、手を思い切り振るった。それを見つめるリリムレーアの表情はすこし曇っていた。
「…なんで、俺なんだよ。家来にしたければ夕子でもなんでも他にたくさんいるだろ! 俺に構わないでくれよ。学校にまで付いて来やがって」
今までの鬱憤を晴らすように声を大にして叫ぶ。真面目に、この空間に実家の息がかかったものが混じるのがイヤだった。実家というより常識から外れた者と言った方がいいかもしれない。
「俺は普通の高校生なんだ! それでいいじゃないか」
あの家にいた頃は、普通であることが異常だった。そのせいで罵られ、蔑まれた。自分自身でも、そのことに後ろめたさを感じて、いつも所在無く佇んでいた。
でも、ここは、この学校には俺の居場所がある。
どんなに殴られたって構うもんかという気持ちで自分の想いをぶつけた。
「…」
リリムレーアは突然取り乱した俺に反論するでもなく黙って見つめていた。
「もう、放って置いてくれ」
祈るように呟いてリリムレーアを見上げる。意外にも、そこに立つ女の顔にはいつものように偉そうではなく、何か後ろめたいような表情をしていた。
「私だって、本当はお前をそっとしておいてやりたい。お前の気持ちもわからないでもないからな」
ぱっと視線を逸らすリリムレーア。
「私もこんな責任だけ重い身分なんて捨てて、普通の女の子のようになりたいと思ったことはある」
女の子て…。普段からは想像もつかない表情でスカートの裾をぎゅっと摘むリリムレーア。
「だが、私は王女だ。どんなに嘆いてもそれは変わらぬし、民たちとは比べ物にならないくらい贅沢な暮らしもしてきた。だから逃げるわけにはいかないのだ」
再びリリムレーアに見つめられてたじろぐ。まるで問われているかのように。
「それがどんなに辛いことでも。どれほど大切な人を失っても。私は、わ、わたしは…」
その時、リリムレーアの目から大粒の涙が零れ落ちた。あまりに意外すぎて言葉も出ない。これがいわゆる鬼の目にも…。
「あ、や、やだ…」
慌てて涙を拭うリリムレーア。それでも、涙は両方の目からタガが外れたように溢れ出していた。
「お、おい…」
「見るな! バカっ!」
「ぎゃあ」
思わず手を伸ばした俺に炸裂する芸術的なクロスカウンター。
そのまま、地面に卒倒しながらリリムレーアが走り去る音が聞こえた。
リリムレーアが言おうとしたこと。そのことがやけに重く心に圧し掛かる。
それでも、俺は…。
「…やってらんねーよな」
気だるさに身を任せながら、今日はもうサボって帰ろうと思った。
授業が全て終わっても、テツヤは戻ってこなかった。
今日から、テスト期間ということらしく生徒は皆下校する。
部活動と言うものにも興味があったのだが。
そう思うと、先ほど言われたことが思い出されて、胸が痛んだ。
テツヤの言うとおり、ここは良い所だ。
笑顔に溢れ、平和で、皆楽しい今を満喫している。
たしかに、ここにも私は合わないのかも知れない。
話し掛けてきてくれるクラスメイトの相手をしながら校門まで歩く。そこには夕子の部下が待っていた。
「…今日はもうよい。少し歩きたい。下がれ」
それだけ告げて一人で歩き出す。夕子の部下が何か言っているが聞こえないふりをした。
冷たい夜風が目に染みる。
涙を流したのなんて何年ぶりだろう。久しぶりに流す涙は痛かった。
目を腫らした自分を見た教師達の慌てぶりが面白かった。
限界、だったのかもしれない。
必死に強がっていたのが仇になった。