過激に可憐なデッドエンドライブ-31
「何を言っている、はこっちのセリフだ。俺は一つも術式を描けないんだぜ?」
一体、俺は何の自慢をしているのかと悲しくなってしまう。案の定、それを聞いたリリムレーアは何かを言いよどむように口をつぐんだ。
「…お前、本当に焔の一族か?」
そして額に手を当ててため息をつく。
「認めたくはないけど、そうだよ。そういうあんたこそ何者なんだよ。なんで俺の母親の名前を知っているんだ?」
「それは、ホムラの当主と会えばわかることだ。まあ、お前には不愉快な話だとは思うがな…」
リリムレーアの口調が変わった。そして、俺の方に向き直る。
その金色の目に引き込まれそうになった。
風がリリムレーアの布を揺らす。灰色の髪と、整った顔が一瞬覗いた。
「…私には、ホムラの力が必要なのだ」
言い放つリリムレーアに、少し威圧されてしまった。喉をごくりと鳴らしながら、なぜ、とだけ聞き変えず。
「それも当主に会ってから話す。ところで、お前」
再び歩き出しながら、リリムレーアが背中を向けて尋ねた。
「よもや、私のことを人間だと思っているのではあるまいな」
「へ?」
ピキン、と完全にフリーズした。
目の前に帆村家の巨大な門がそびえている。ここは別名、朱霊門と呼ばれ、帆村の本拠地である大焔殿の入り口となっている。
いくつもの事業を行い、世界有数の多国籍企業をも傘下に治めている帆村本家。その力は日本はもちろん世界の政治にも影響を及ぼし、戦後のGHQでも手を出せなかった。
そんな帆村本家に来るのは二年ぶりだった。家を出てから一回も帰っていない。
銀行口座に毎月大金を送ってくるだけの関係。
しかし、今はこの家のことよりもっと気がかりなことが出来てしまった。
人間じゃないってどういうこと? 妖怪?
まあ考えてみたら確かに変だった。
たまに目光るし。
実家にいた頃は屋敷の中に術者が何人もいて、よく妖怪と戦った話をしてくれたものだ。クソ婆に言われて一回だけ妖怪退治を見物させてもらった時もある。
その時うちの術者が戦っていたのは大食い女という妖怪で、普通の人間のようだったのが突然、二つに割れて巨大な口となり、色んなものを食べまくるという迷惑な妖怪だった。
正直、一週間ほど夜に一人でトイレに行けなくなった。
で、なに? この女もそういうクチ? 変形とかしちゃうの?
あの布を取るとどうなるの? 顔が裂けて俺を食おうとするのか。いやいや、妖怪はそんな単純じゃない。手足が伸びて火を吐くとか。いやいやいや、今度は飛躍しすぎだ。実は中身は油でギトギトのオジサンとか。それ恐い。けど、今度はリアルすぎて…。
ばきばき、ぐさ、ぐちゃぐちゃ
角材で生まれてきたことを後悔するくらい叩かれた。最後の方は、本来しちゃいけない音が聞こえた気がする。
「お前、今失礼なことを考えていただろう。言っておくが私は変形なぞしないぞ」
「痛いって、頭から何かが飛び出そうになっただろうが! なんでそこまでわかるんだよ」
「お前の怪しい目つきを見れば考えていることなどお見通しだ」
「あ、怪しい目つきって、なんだよ」
角材で叩かれた頭部をさすりながら、何故だか嫌な予感に。
「お前、今日何度か私に見とれていたな」
リリムレーアが悪魔の微笑みを浮かべた。
「うっ」
何を赤くなっているんだ!
確かに、たまに吹く風が布越しに女の脂体を浮き立たせて思わず目が…って何を思ってるんだ、この女の中身は汗かきのオジサンなんだぞ、油オジサンなんだ。
がすがす
必死に自分に言い聞かせていたら、二回角材で殴られた。