過激に可憐なデッドエンドライブ-30
「あー、超憂鬱…」
これで何度目になるかわからないため息をつく。
「うるさい。だいたいなんだその形容詞は」
外人さんに日本語を注意された。複雑な気分である。
「こんな家になんの用があるのか知らないけどさ。俺と一緒に行っても煙たがられるだけだぜ」
「なぜ?」
俺とリリムレーアは、屋敷へと続く長い坂を登っているところだった。
「なぜって、俺は出来が悪いからさ。一族の鼻つまみ者なんだよ」
先を歩くリリムレーアの後ろで俺が気だるく歩いている。
「たしかに、魔力は弱いな。お前」
リリムレーアの口から何気なく出た言葉に凍りつく。
「やっぱりあんたも術者なんだな」
わかってはいたが、なんだか残念な気持ちで呟いたところで、リリムレーアが振り向く。
がすがす
そのまま持っていた角材で叩かれる。
「いてっ」
「無礼者。あんたではない。いいか。そもそも私は術者ではない。姫だ」
「……」
昨日にも増してドン引きである。姫て…。
がすがす
更に叩かれる。
「いてえって! だいたいそれ危ないだろ! クギ出てるじゃねえか」
「ふふふ。だから選んだのだ!」
自称お姫様は満足そうに腰に手をあてた。
「…」
しかし、俺の疑惑に満ちた目線に負けたのか、一転して真面目な表情をする。
「信用していないという顔だな。おかしな奴だ。それなら何故、あの吸血鬼もどきに襲われている私を助けた?」
ぶんと角材を肩に担いで問い掛けるリリムレーア。
「はあ? 吸血鬼?」
吸血鬼。それはヨーロッパにあるうちの実家に匹敵する力を持つ一族のことだった。強力な術式を使うらしいが、別に人の血を吸う訳ではないらしい。
「なにをとぼけている。あの吸血鬼の出来損ないと私が戦っているときに感じた魔力はお前のものだろう?」
そう言われて初めて、闇夜に浮かぶ軽薄な男の顔が頭に浮かぶ。
「ああ、あいつか。あいつ、ドラクロワだったのか」
話に聞いていただけでドラクロワ家の者と会った事は一度もなかった。なぜならウチとは絶望的に仲が悪かったから。東洋の帆村家、西洋のドラクロワ家と言われて歴史の裏に隠れて千年近く敵対し続けている。ちなみにその原因は不明である。
「なんだ気づかなかったのか。まあ、奴は魔力も弱かったし、吸血鬼らしい技も使ってこなかったからな。当主と言う割に長けているのは剣術だけだった」
「あいつも後継ぎか…」
ドラクロワが吸血鬼と呼ばれるのは、祖先がそうだったからだ。しかしうちと同じように次第にその血は薄れ、皆に期待された後継ぎは能無しの出来損ない。吸血鬼は伝説となり、今では映画や小説に出てくるのみとなった。もっともそれでもドラクロワの一族はうちの親戚と戦っても引けをとらないほど強力らしいが。
「何を捻くれている? 魔力が弱いとは言え、あの吸血姫マグダの末裔を倒したのだ。立派なものではないか」
「はぁ? 俺が倒しただって?」
目の前の布キレに身を包んだ女はとてつもない勘違いをしているらしい。
「そうだ。お前が倒したのだろう?」
「違うよ。倒したのは実家の誰かだろ」
大体、俺にそんな力はない。自慢じゃないが、十数年修行したのに何一つ術式を習得できなかったのだ。努力すれば報われると言うが、あの努力で俺が手に入れたものはトラウマだけだった。
それから何かに必死になることが大嫌いになった。
「…ふむ。あの時、お前以外の魔力は感じなかったが」
「俺にあんな化け物は倒せないよ。あんたも言ってただろう? 俺の魔力は一般人と変わらない」
自分で口にすると改めて胸が痛む。そんなことを今更気に病む必要はないのに。
「何を言っている。私が言ったのは、キョウコと比べて魔力が弱いと言う意味だ。普通の人間と比べれば桁違いにお前の魔力は強いよ」
いよいよこの女は壮大な勘違いをしているらしい。俺の魔力は普通の人と一緒、全くの凡人だったはずだ。唯一の味方であった両親ですら、それは認めていた。