過激に可憐なデッドエンドライブ-19
吹き付ける風が冷たい。
それもそのはず。なにせここは地上百メートルなのだから。
それなのに、窓ガラスは全て割れている。一般家庭にあるものとは違う。地上六十階建てのビルのガラス。よほどの厚さと強度だったに違いない。
そのガラスが一枚も残っていない。
「…僕は、生きているのか」
辺りの空気が薄い。
その時、胸元で少女のうめく声が聞こえた。
「さくら?」
心から安心して呼びかける。
あの時。
地獄の底から甦るように巨大な火の玉が昇ってきた。
その炎は凶悪さと美しさを孕んでいた。危険だけど、全てを魅了してしまいそうな輝き。
その炎にしばし見とれた。
でも、炎が一瞬激しく光った時、僕はとっさにさくらを抱えて伏せた。
そして全てが光りに包まれて。
気が付けば、この真っ暗になってしまったフロアに倒れていた。
あの空跳ぶ金髪のお化けみたいな人はいなくなっている。
「キョウくん」
さくらが気だるそうに目を開けた。ずいぶん顔色が悪い。
「…テツくんは?」
「あ…」
問われて、思わずぞっとした。
そうだ。テツヤが、刃物で刺されて落ちたんだ。
友達が落下したのに、なんで僕は…。
慌てて、ガラスの破片が残る窓から首を出した。
吹き付ける強い風に、思わず喉が鳴る。今にも落ちてしまいそう。
当り前だけど、気の遠くなるほど遠い地上にテツヤの姿は見えない。
辛うじてパトカーや消防車がたくさん来ているのがわかる。
思わず、血だらけで横たわる友達の姿が目に浮かんでしまう。
「ダメだ。ここからじゃ何もわからない」
さくらが力なく項垂れる。乱れた髪が痛ましい。
「下に行こう。立てるかい?」
手を差し出すと、さくらが怪訝な表情で僕を見ていた。
「…キョウくん、何が起きたの」
眼を逸らせながらも、さくらは僕の手をとった。
「僕にもわからないよ」
常識を遥かに超える出来事が起きた。わかるのはそれだけ。
今の僕に出来るのは、ただ親友の無事を祈ることだけだった。
肩に痛みを感じる。
げしげし。
危険を感じるほどでもない、わずかな痛みだ。
げしげし。
それでも、しつこく繰り返される痛みに意識が覚醒していく。
「…うう」
目をわずかに開くと、そこには見知らぬ人が立っていた。
「やっと、目が覚めたか」
月光を背に、長い髪が夜風に揺れる。
ヤンキー?
外国人?
目の前にすらりと伸びた長い足がある。太ももまで露わになっている。
自分と明らかに違う肌の色。褐色とでも言うのだろうか。至る所に小さな擦過傷が出来て血がにじんでいる。
太陽の下で見れば健康的な肌に見えるかもしれない。しかし、月明かりの下で見る褐色の肌はひどく扇情的で、破れかけのドレスに無数の傷が鮮烈に目に焼きついた。
さらに、不思議な色の髪。くすんだ灰色。白髪とは少し違う。
そして印象的な金色の瞳。
その瞳に見つめられると不思議と鼓動が早くなり、思わず吸い込まれそうになってしまう。
そんな頭上の少女に見とれながらも感じる疑問点。
「…あの、なんで俺の肩踏んでるんスか?」
見知らぬ少女が立っているのはわかったけど、なぜか感じる肩の痛み。
「お前がなかなか起きないからだ」
そう言いながらも、少女は俺の肩をぐりぐりと踏む。
「あ、ていうかもう起きたんで…」
「むう、そうか」
少女がすっと足を引いた。声は意外と可愛らしいのに、随分威張った喋り方をする子だった。