過激に可憐なデッドエンドライブ-18
それは遠い昔、夏の日の出来事。
冬の夜空に巨大な火の玉が浮いている。
生物の存在できない程の高度である。
地上の人が見たら、よく光る一等星くらいにしか見えないだろう。
―ドコダ
音を立てて燃え盛るソレは意思があるかの様に、ゆっくりと移動していた。
―ワレヲ、封ジシ、憎キ者
炎は何かを探しているようだった。その何かとは自分を長き眠りから目覚めさせた存在。
―フフ、ソコカ
炎が徐々にその光りを収めて降下してゆく。
―千年、待ッタ
天に尾を引きながら赤い輝きが萎んでいく。
―今コソ、息ノ根ヲ止メ、コノ呪ヲ
下界。人間達の築いた街。ビルとビルの隙間。都会のエアポケットと化したそこに月明かりが明るく照らしこんでいる。
その月光に導かれるようにしてソレは降り立った。
まるで天孫降臨のように。
既に燃え盛る火炎は鳴りを潜め、今は人の形をしている。
炎に包まれた人間。
いや魔人と言った方がいいかしれない。
その双眸からは正気が失われ、燃え続ける体はジジジと奇妙な音を立てていた。
燃焼と再生を同時に行っている音だった。
―ムウ、奴デハナイ
ソレの目の前には、風変わりな女が眠るようにして気絶している。
―奴ノ娘カ
千年前に自分を倒し、愛する女と一緒に人間界へ追放した、奴。
しばらく、立ち尽くす魔人。
―マア良イ、イズレニセヨ竜族ノ生キ血ヲ浴ビレバスムコト
燃やされた空気が陽炎となって魔人の姿を歪ませている。
―死ネ
片手で物言わぬ女を掴もうとする魔人。
「お待ちください」
突然、横手から女の声がした。
全く気配を感じられなかった。
「まだその刻ではありません。今むやみに復活なされても、宿主の身体が持ちません」
ゆっくりと右手を掲げた女が歩いてくる。
波打つ見事な金髪を持った西洋風の女。その瞳は血のような深紅。全ての色が抜け落ちたかのように白い肌に、すらりと伸びた肢体。その歩く様は、どこまでも美しく、妖しい。
―オマエ、ハ
女は右手の人差し指と中指を突き出して、何かの模様を空中に描く。
その指の先は仄かに光りを帯びていた。
―ソウカ、嬉シイゾ、オマエモ
女の指が空中でぴたりと止まる。その瞬間、青白い光りが魔人を包んだ。
「愛しております、あなた。でも…」
そう呟く女の目から涙が零れ落ちた。
その涙で視界が歪むように。
魔人を魔人たらしめていた炎が消え、若い少年へと姿を変えた。
「永久制約術式…。強い力は、強すぎる力を呼ぶ。心しなさい」
そう言いのすと、女は音もなく消えた。
そして、意識の朦朧とした少年だけが残された。
絶え絶えになる視界で、少年が見たもの。
所々破れたドレスに、蟲惑的な褐色の肌、辺りを照らす月光のように美しい銀色の髪。
傷だらけになりながらも、その女の美しさは少しも損なわれていなかった。
その美しさに見とれながらも、少年は再度気を失った。