過激に可憐なデッドエンドライブ-17
「…なんだ、コレは」
目の前には、巨大な炎の塊が浮かんでいた。
音を上げて燃え盛る火炎。
夜空に舞う火の粉が鱗分のように飛んでいる。
その様は、熱さも忘れて見とれてしまうほど美しかった。思わず一族の仇敵のことを思い出してしまう。千年前に吸血鬼族の姫を奪ったという伝説の魔人。
―キサマ、カ
突然、頭に地鳴りのような声が響く。
まるで目の前の炎が喋っているようだった。
「これは、術式なのか」
閃光。
瞬間、火炎の中でなお一層輝く二つの双眸が見えた。
「お、お前さっきの―」
―死ネ
爆ぜる空間。
死を感じさせないほど一瞬の滅び。
そこにいる全ての者を巻き込んで。
巨大な炎がフロア中に膨れ上がった。
蝉の声が嫌に響く、暑い日だった。
広く手入れの行き届いた庭に幼子がぽつんと立っている。
遠めに見ても何かに怯えているのがわかる。
一体、何に怯えているのか。
それは、目の前に立つ老人に対してであった。
長い年月を生きたであろう老人は背丈が縮こまり、顔は深い皺で覆われ、もはや性別すら判断できない。その上、立つことも侭ならないのか杖をついていた。
それでも、その目はらんらんと輝き、意思に満ちている。
「…お前は、知らねばならぬ」
低く響く威厳のある声だった。
「我らは神の一族。平安の世より続く術者の一族じゃ」
その声に、幼子が身を小さくする。
「土御門に庇護されはしたが、この国の帝に仕えていたわけではない。遥か渦の彼方におわす竜神様に仕えておるのじゃ。よいか、お前はその後継ぎぞ」
日差しが一層強くなった気がした。しかし、老人は汗一つ見せない。
「代々女系である我が一族にお前は異端なのかもしれぬ。だが、始祖様は男だったのだ。お前にも力はあるはず」
老人がかっと目を見開いて、杖で地面を叩いた。
辺りに陽炎が舞う。
熱気のせいだろうか。いや、夏の日差しから降り注ぐ熱気ではない。
熱気は老人の足元から立ち上っていた。
たちまち火がつく。
それは我が目を疑うかのように勢い良く燃え上がった。
それどころか生き物のように有機的に動き回って、幼子の周りを囲む。
あっという間に、幼子の周りに円を描いて火の壁が出来上がっていた。
「さあ、お前も焔の一族ならば、その炎の壁から抜け出して見せよ。我らは炎に祝福された一族なのだ」
しかし幼子は炎の中で涙を流しながら、ごほごほと咳き込んでいた。
当り前だ。幼子には何の力もないのだから。
「むう、なんと無様な…」
「何をしているのです!」
老人が呆れ返っていると、屋敷の方から妙齢の女性が駆けつけてきた。
「手を出すな、鏡子。竜神様に厄が近づくと星が告げておるのじゃ」
「ですから、それは私が!」
叫びながら女性が手をすっと掲げる。
すると不思議なことに今まで燃え盛っていた炎が音もなく消え去った。
幼子が泣きながら女性に抱きつく。
「この子には力なんてなくて良いのです。呪われた我らの中で始めて普通の子が生まれてきたのですから…」
女性は優しく幼子を抱きしめた。
その顔は紛れもなく母のものであった。