伊藤美弥の悩み 〜初恋〜-6
風呂から上がった二人は、龍之介の部屋で抱き合った。
ベッドに横たえた美弥の唇に、龍之介は唇で触れる。
優しく優しく、まるで壊れ物を扱うかのように。
吐息までをも味わうようなキスに、美弥はため息をついた。
こんなに優しいキスを龍之介はどこで覚えたのだろうかと思ったが、習いさえすれば性的な事すら器用にこなせる龍之介だから、問えばおそらくは自分と体験する中で身に付けたと答えるだろう。
「……なぁ」
しばらくして、キスで息を切らした美弥へ龍之介は尋ねた。
「紘平に……どんな事、された?」
「どんなって……」
不安の揺れる瞳で、美弥は龍之介の様子を窺う。
「キスマークを付けられたのは、分かってる。けど、他に何をされた?」
その目の中に感情の揺らぎはあれど、嫉妬はない。
美弥はその目に、賭けてみた。
「耳、と……首。覚えてる限りでは」
「そっか……」
龍之介は美弥の顎に手をやり、横を向かせる。
ちゅっ
そして音を立てて、耳にキスをした。
「あ……っ!」
思わず、美弥は声を漏らしてしまう。
「ほら、いつもと同じだ。何も変わらない」
龍之介は、耳たぶを食んだ。
「っ……!」
ひく、と美弥の肩が震える。
「ここも、ここも、ここも……」
龍之介は喋る合間に、痕跡の上へ唇を降らせた。
そして強く吸い立て、キスマークを重ね付けする。
「全部、変わらない。何も、変わらない」
全てのキスマークの上に重ね付けをした後、龍之介は熱っぽく言った。
「だから僕が美弥の表面から消す物なんて、もうないよ」
そう言って、微笑む。
「だから」
龍之介は、美弥を抱き締めた。
「誰も何も気にしない。思い切り、泣いていいよ」
それを聞いた美弥の目が、じわりと潤む。
「ふぇ……」
龍之介にすがりつき、美弥は鳴咽を漏らし始めた。
おそらく美弥は自分が嫉妬するかも知れないと思い、泣くに泣けなかったのであろう。
「情けない彼氏で、ごめんな……気付けないでいて、ごめんな」
泣き続ける美弥を、龍之介は改めて抱き締めた。
「りゅうっ、りゅうっ……ふぇ、えっ」
しゃくり上げながら、美弥は龍之介にすがりつく。
触れ合う素肌のぬくもりに、安心を。
抱き締めてくれている腕の力強さに、安堵を。
二つの安らぎに囲まれ、美弥は泣きじゃくった。
泣きじゃくる美弥を、龍之介は抱き締め続ける。
――泣いて泣いて泣いた後、疲れ果てた美弥は眠りに落ちた。
眠る美弥を抱きながら、龍之介はまんじりともせずに夜を過ごす。
頭の中は、ここまで美弥を苦しめた紘平をどうしようかというプランで一杯だった。
犯罪にならない程度で……つまり、法律すれすれの限りなく黒に近いグレーのゾーンで紘平に報復をするような、陰険な手段ばかりが浮かんでくる。
美弥の初恋の相手だろうが幼馴染みだろうが、もはやそんな事はどうでもよくなりかけていた。
「……悲しませたら、駄目だろ」
龍之介は呟いて、涙の跡を残す美弥の頬を撫でる。
まるで赤ん坊のようにぷにぷにぷるぷるした頬は、指を柔らかく受け止めた。
グレーゾーンだろうが何だろうが、下手な事をすれば美弥が悲しむ。
ならばどうするべきかと考えた時、龍之介の脳ミソは一つのプランを提案した。
それは嵐が沸き起こっているような今の頭で思い付ける一番妥当なプランに思え、龍之介は満足する。
満足した龍之介は、いつからともなくまどろみへと身を浸し始めたのだった……。