DEAR PSYCHOPATH−3−-1
ゲームセンター、レストラン、古着屋と、僕らは思いつく限りの店をてんてんとした。そして、ちょうど今、本屋を出たばかりだ。鈴菜がどうしてもと言うので立ち寄ったのだが、結局目的の本がなかったのか、手ぶらで店を出て来てしまった。
「うーん。今日の発売だったのになぁ」
と彼女は残念そうに言った。
「どうする?他の店にもよる?」
「いや、いいや」
彼女は首を振った。
「それよりもトリプルアイス食べにいこう!実はさっきから、そのことで頭がいっぱいだったの」
僕らは鈴菜を先頭に、駆け足で人の間をぬった。日がまだ落ちていないとはいえ、時間的にはとっくに夕方なので、軽く走っても汗をかくまでには至らないのだ。少し行くと、太い道路を挟んだ向こう側にアイスの看板を掲げた建物が見えた。けれど信号がチカチカと点滅している。
「あっちゃー。赤だ!」
彼女は立ち止まり言った。
「あそこの信号が青になったらダッシュしよう。ここの交差点広いし」
同じように立ち止まり、向こうに見えるアイス屋を指して言うと、鈴菜は、うん、と頷いた。とはいえ、ここの信号は僕の知っている限りそうすぐには青にかわらないはずだ。僕はその場へしゃがみ、ほどけかかった靴紐を結び直すことにした。
ところが、その瞬間、僕の手は凍りついたように靴紐をつかんだところで、止まっていた。例のごとく、あの突き刺さるような感覚が原因だ。そして僕が顔をあげようとするのと、彼女が悲鳴をあげ、僕を呼ぶのとはほぼ同時のことだった。
「ちょっと、忍!あれ見てあれ!」
「え?」
鈴菜を見あげ、彼女の指さす方を見て・・・絶句した。自分の目を疑った。なんと、目の前に映るおよそ二十メートルはあるだろう交差点を、一人の男が赤信号にもかかわらず、こっちへ向かって歩きだしていたのだ。僕は両目をしばたいた。男の目は、真っすぐに僕らを見ていた。いや、僕を見ていた。
そして分かった。さっき感じたあの突き刺さるような感覚は、彼のあの尖った視線だったのだ。しかし、今更そんなことが分かってどうなるというのだ?それよりも彼は何者なんだ?何故僕は、この言葉では何とも表現出来ない奇妙な感覚に襲われているんだ。クソッ!動かない、体が、体が意志になったように動かない!
僕は心底震えた。困惑の色が、顔中に広がっていくのが分かった。彼から目の離せなくなった僕には、その足音だけが聞こえてきた。そして徐々に、その視界までもが範囲を狭め、ついには彼を避けて行く車の音も、映像も、やじ馬の声も、僕の隣で心配してかけてくれる鈴菜の声さえも、この耳には入ってこなくなっていた。
「!」
そして我に返ると、目の前には交差点を渡りきった彼が立っていた。僕は息を飲んだ。男は僕よりも一つ分背が高く、髪の毛も背中につく程長い。顔付きはまるで女性のようにきめ細かく出来ていて、どことなく異国人を思わせる風貌だ。
僕は無言のまま、その顔を見つめた。彼は一度だけ自分の髪をかきあげると、腕の陰に見え隠れする顔の表情を崩して言った。
「お迎えにあがりましたよ。酉那忍さん」