DEAR PSYCHOPATH−2−-1
「ふーん。そりゃ随分とお寝坊さんだったわね」
歩道を流れる人ゴミの中で、鈴菜は憤然と言った。無理もない。
この暑い中、一時間近くも外で僕が来るのを待っていてくれたのだ。
怒るのも当然だ。
「ごめん。最近疲れているみたいでさ」
鈴菜は横目で、しゅんとした僕の顔を見るなりプッと吹き出した。
「嘘よ、そんなにおかしな顔しないでってば」
「お、おかしな顔とは何だよ。おかしな顔とはさ。失礼だな。」
内心ホッして、僕は言った。もしもこのことがきっかけで、僕ら二人の関係に溝ができたらどうしようかとびくついていたくらいだ。
「でも・・・」
付け足して彼女は言った。
「今日、この後トリプルアイスおごってよね」
「いいよ。それでお前の機嫌が直るならどんどん食え」
すると彼女は、いたずら好きの猫みたいに瞳を輝かせて付け足した。
「あとはねぇ、お好み焼きとクレープとピラフとラーメンとケーキと、あとそうだなぁ今度はどこかレストランで食べようか?も・ち・ろ・ん、全部、忍のおごりね」
「・・・」
顔に笑顔を張り付けたまま、無言で空を見あげる。
「もお、またすぐそうやってショック受ける。冗談よ冗談!トリプルアイスだけでいいってば!ほら行こうよ。立ち止まってないでさ」
そう言うと鈴菜は、僕の肩を小突いてさっさと一人で前へ歩きだしていた。彼女の場合、冗談めかした言葉の中にも『あわよくば』とい本音が交じっているようで怖い。
「ったく。おい待てよ」
鈴菜とは、高校の時に彼女からもらった手紙(いわゆるラブ・レターというやつ)がきっかけで、気がつくと恋人と呼べる間柄になっていた。その時の彼女は、まだ今のように髪の毛も長くはなく、まるで男の子のようなボーイッシュな感じだった。ただ中身は、二年経った今でもちっとも変わっちゃいない。明るくて、真っすぐで、でも本当はガラスのようにもろく繊細で。僕はそんな全ての要素をひっくるめて彼女が好きだった。
「ねぇねぇ忍。あのぬいぐるみ、とれる?」
ゲームセンターを見て立ち止まった鈴菜が、入り口にあるクレーンのゲームを指さして言った。彼女の細い指は、真っすぐに小さな青い鳥のにぐるみをさしている。
「さぁ、とれるかな」
と、僕は首をかしげた。実は、この手のゲームはあまり得意ではないのだ。
「んー。とれなきゃいいけどね」
そう言われると、意地でもとらなければならなくなってくる。僕はさっそうと財布をとり出した。
「ちょっ、ちょっと!お金は私が出すってば」
鈴菜が慌てて、自分の財布をとり出す。
「いらない」
僕は彼女を横目に笑った。
「うまくとれたらもらうよ。とれない確率の方がでかいからさ」
「普通は外したらもらうものでしょ」
と、鈴菜はふくれた。何かあるといつもこうしてふくれるのだ。
「それじゃやるか」
僕の声に、彼女の片方の眉がピクリと動く。狙いはあの、青い鳥だ。クレーンを横へ動かし、止め、前へ動かす。よし、ぬいぐるみの真上だ。ボタンを離す。
クレーンはそこで止まり、徐々にその手を広げて降りていく。僕は固唾を呑んだ。
多分、鈴菜も同じだ。そのしてその人形は、しっかりとクレーンに捕まった。
「よし!」
と、嬉しさの余りガッツポーズを作って声を張りあげる。横では鈴菜が、耳をふさぎながら笑っている。
ゴトンッという音が足元でしたかと思うと、それは既に鈴菜の両手に抱かれていた。
「ありがとう!」
彼女は顔中を笑顔にしながら言った。まぁここまで喜んでくれたら、僕としても嬉しくないわけがない。僕は得意げに鼻をすすると 「お前こんなんで嬉しいのか。もうすぐ二十歳になるのに」
「うぅ」
彼女はまたふくれた。けれどそれよりも嬉しさの方が上だと見えて、すぐにまたコロコロとした笑顔に戻った。