ある季節の物語(夏)-1
それはマンションの窓から吹き込んでくる夏の匂いだった。
久しぶりに会ったユキヒロの白い胸に、私は頬をすり寄せる。なめらかで透明な肌…どこまで
も限りなく澄んだ肌だった。
…で、由美はどうしたんだ…
ユキヒロは、そう言って私の乳房を掌で撫でる。
私を抱きとめたユキヒロの蒼い翳りのある背中を私は指でなぞり、そのしなやかな首筋に唇を
触れ、女のようにくびれた彼の細い腰に手を回す。
でも久しぶりに体を重ねたあなたの匂いが、なぜか私をいらだたせていた。
…もちろん、いやだって言ったわ。私にはそんな趣味ないもの…
それは違っていた…夫との初めての夜、私はあの黒く湿った麻縄で夫に縛られたのだった。
あの避暑地の山荘…結婚式をあげたその日の夜だった。私はみんなから祝福を受け、夫が運転
する車であの森閑とした山荘に行った。
そこで夫となったあの男とふたりきりになった私は、あの鬱蒼とした林の中の山荘で、彼と初
めての夜を迎えることに、なぜか背筋に微かな悪寒さえ感じたのだった。
…でも、結婚したんだし、ケイサツカンって堅い仕事だから、いろいろな趣味もっている人も
いるんじゃないか…
ユキヒロのどこか琥珀色に澄んだ瞳、そして甘い香りを含んだ肌からは、どうしてもっと官能
に充ちた男の匂いがしないのだろうか…。
…あの新婚旅行の写真見たでしょう…彼って毛深くて、私の好みじゃないのよ…
…でも、もう結婚したいなんて言ったのは、由美の方だぜ…と、あなたは興味なさそうに
その結婚写真に目をやる。
私は三十歳になっていた。三歳年下のユキヒロには、別の若い女がいた。
…いやなのよ…私は、毛深い男なんてほんとは嫌いなのよ…
あなたは私を抱いたままベットに優しく押し倒す。でもふたりが洩らす吐息は、あの頃と
違って、窓から吹いてくる夏風の中でどこか乾ききっていた。
あなたは私の乳首にあの頃と同じように接吻をし、乳房に愛撫の舌を這わせていく。端正で
彫りの深い顔立ちのあなたの顔が、窓から見える夏空の中に溶けていくようだ…。
結婚式を終え、あの男との初めての夜だった。夜の食事を終えてその山荘に着くと、夫は疲れ
たように上着を脱いだ。
ふたりきりなのだ…。眉の濃い坊主頭の五歳年上の男…肌けた胸元から黒い胸毛がのぞく。