やっぱすっきゃねん!VC-12
(…なんで打てたんだろ?)
狙い球と違う球が来た。そこまでは憶えているのだが、何をどう打ったのかを思い出せない。
そればかりか、打った後の手応えさえ掌に残っていない。
釈然としない表情でホームベースを踏むと、仲間達の破顔した顔がベンチに溢れている。
(まあ、いいか…)
気を取り直してベンチに戻ると、手荒な祝福が待っていた。
「よくやった!カヨッ!」
「アタッ!ち、ちょっと!痛い!痛い!」
全員が佳代の頭を平手で叩く。ヘルメットを被っているとはいえ、かなりの衝撃が伝わる。
佳代にとって2度目だが、実に嬉しい痛みだった。
(これで4点差。佳代は分かった。後は直也だな)
ベンチからブルペンに戻り、ピッチング練習を続ける直也を永井は見つめた。
この回、もう1点を追加し5点差とした。
「行ってこい!ナオヤ」
永井の号令と共に、直也はブルペンを飛び出しマウンドに立った。
この回、青葉中は大幅に守備を変えてきた。
ピッチャーだった淳はセンターに、稲森の代わりに和田がセカンドに入り、稲森は森尾の抜けたショートに移る。
そして、田畑の代わりに佳代がライトに入った。
「とにかく、ひとりづつだ」
達也が声を掛ける。直也の復調を誰よりも願って出た言葉だ。
対して直也は、
「分かった。丁寧に行くよ」
少し緊張した顔で答える。マウンドからホームに戻る達也の胸に不安が浮かぶ。
(あんな弱気なアイツ、初めてだぜ)
打順は6番から。達也のサインは外角低めへの真っ直ぐ。直也は頷いた。
グラブを胸の前で構え、大きく息を吐くと、左足を跳ね上げ背番号が見えるほど半身を捻った。
左足が前方へ伸び、スパイクの爪がマウンドの土を掴む。
その瞬間、一気に身体を開き、力のすべてをボールに込めた。
ミットが、カン高い音を鳴らした。糸を引くようなストレートが外角低めに決まった。
「ヨシ。あれなら大丈夫だ…」
外野から見つめる一哉の顔が安堵に変わった。
元々、力が有るのだから、ちょっとした事で本来のピッチングが出来なかった。きっかけさえ掴めばすぐに戻ると思っていた。
しかし、なかなかきっかけを掴めず、逆に落ち込むばかりの日々が続いていた。
長年、野球をやってきた一哉にすれば大した事ではないのだが、中学生にとって初めての挫折を味わっただろう。
大半の部員は、楽な道を選んで立ち直れずに消えていく。