桜が咲く頃〜過去〜-2
『桜寺と言うのを知っているか?』
鈴は矮助の顔を見ずに聞く。
『いや。
聞いたことないな』
矮助は突然の質問に戸惑いつつ答える。
鈴は、そうかっと呟くと続けた。
『俺自身、寺の本当の名前は知らない。
ただ、師匠…寺の住職のことを、俺達はそう呼んでいたんだが、師匠が桜寺と言っていたので、いつからか皆でそう呼んでいた。
名前の由来は、寺の庭に大きな桜の木があったからだと思う』
鈴は一呼吸して続ける。
『俺は赤ん坊のとき、その桜の木の下に捨てられていたらしい』
そう言って鈴は左腕を捲る。
腕の、肩より少し下に、桜の刺青と、その下に五十六と彫られていた。
『桜寺で育てられたやつは皆、この桜の刺青をされる。
それから、拾われた順に一から番号が与えられ、刺青の下にその番号が彫られる。
俺の場合は、五十六。
そして、これが俺の呼び名だ』
『!?』
驚く矮助をよそに鈴は言う。
『俺達に名前なんてない。
お互い腕の番号で呼び合い、師匠も俺達を番号で呼んだ』
鈴は捲った袖を直し、服の上から刺青があるところを右手で掴む。
『俺達は毎日毎日、師匠から剣術や武術を教わった。
全て、人を殺す方法だ。
俺達は毎日毎日、人の殺し方を教わった。
そんな毎日に、俺達は少しも疑問を感じなかった。
他の生活を知らなかったかし、この寺から出ても、待っているのは、死だけだと聞かされていた。
強くなれ。
この生活から抜け出したければ強くなれ。
強くなればお前たちは認められる。
幸せな暮らしが手に入る。
強くなれ。
強く。
いつもそう聞かされていた。
実際、俺が気付いた時には一から四十ニ番のやつはいなかった。
師匠は、皆よその屋敷で幸せに暮らしてると言っていた。
毎日傷が癒える間もなく新しい傷を作り、食うものがなくいつも腹をすかせ、布団などなく、冬は皆で寄り添って寝る。
病にかかり、死んでいくやつもいた…
俺は、まだ見ぬ幸せを夢見ながら、強くなるのに必死だった…』
鈴は掴んだ腕を更に強く掴む。
鈴の話は、矮助の全く知らない世界の話だった。
矮助は名家に産まれ、小さい頃から、次期当主として教え込まれてきた。
それが苦痛で、自分の身の上を恨んだこともあった。
しかし、鈴は…
矮助は胸が苦しくなった。
鈴は続ける。
『ある晩、俺達は異様な臭いで目が覚めた。
気付けば炎が目の前にあった…
俺達は慌てて逃げ出した。
恐怖で悲鳴をあげながら必死で逃げた。