「interview」-3
あの日のことを、わたしはほんの数時間前のことのように覚えております。朝から叩きつける様な激しい雨が降っておりました。外は白い霧に覆われ、寒ささえ感じたほどです。なにか良くないことがおきそうな、そんな気配さえ感じておりました。もちろん、死刑の執行日ですから、いいわけはないのですが。もっと他に、直感的にではありますが、本当に嫌な予感がわたしにはあったのです。そんな経験は、これまで一度もありませんでした。
通常、死刑囚を迎えにいくのは彼らが朝食を済ませてから一時間後ですから、八時とか九時くらいになります。突然のことですので、皆、たいていは驚きます。そして、絶望と安堵が入り混じったような奇妙な顔をするものなのです。
Kを迎えにいったのは、わたしの先輩に当たる方でした。
これはのちに彼から聞いたことなのですが、保安課長である彼を眼にした時、Kは笑ったそうです。虚勢を張っているわけではなく、本当に嬉しそうに、口をあんぐりとあけ声を立てたそうです。それこそ、奥歯が見えるくらいに。
想像できますか。これから自分は死ぬというのに、Kから見たら保安課長は死神のような存在であるはずなのに、笑う。しかも本気で。わたしには、とても考えられない。当然、保安課長もそれを目前にして背筋に冷たいものが走ったそうです。Kに死刑執行を伝え、彼を死刑場まで連れて歩いている間も、彼は笑い続けていたそうです。そして死刑場のドアの前に着いた時、ああ、うちの拘置所の死刑場は二階にあるのですが、そこで彼は言ったそうです。
最初は、お前だ、と。
保安課長には、Kの言葉の意味がわからなかったそうです。しかし、余計な会話を禁じられているため、彼はKの言葉に耳を貸さずドアを押し開けました。死刑囚は、そこで初めて拘置所長、検事、検察事務官、総務部長、処遇部長、医官などと顔を合わせます。彼らと対面したKは、ぐるりと周囲を見渡したそうです。まるで彼ら一人一人の顔を確認するように。その時のKはもう少しも笑ってはおらず、むしろ怒りの形相だったと聞いております。
わたしですか。いえ、わたしはその場には居合わせておりません。スイッチを押す刑務官は隣の部屋で待機しているもので。ですから、死刑囚の状況などはいっさい分からないのです。
あなたは事件当初、Kの写真などをご覧になりましたか。……そうですか。ええ、確かに三十という年齢より、若干幼い容姿でした。背丈もそれほどあるわけではなかったですし、なにより酷く痩せておりました。写真だけでは分かりにくかったかもしれませんが、彼の目つきは常人のものではなかった。一度、Kと目が合ったことがあるのですが、まるで見えない刃物を眼前に突き当てられたような瞬間的な恐怖を感じた覚えがあります。こんなことを言っては情けないやつと思われるかもしれませんが、正直わたしは彼が怖かった。
おや。アイスコーヒー、もう飲まれたのですか。そうですね。確かに喉が渇いて仕方ない。きっと店内の冷房のせいでしょう。わたしのグラスも空です。どれ、新しいものを注文しましょうか。わたしは同じものにしますが、あなたはなにになさいますか。そうですね。それがいいかもしれない。体が冷えたせいか、顔色がすぐれませんね。じゃあ、ホットコーヒーで。