やっぱすっきゃねん!VB-15
(…なんだか、えらく凄い場所に来たみたいな…)
その特異な雰囲気に呑まれそうな佳代。一哉の背中に隠れるようにして後を付いていく。
直也の方も、緊張した厳しい顔を見せている。
「おはようございます!河原さん」
一哉がベンチに向かって声を掛けた。すると、ベンチ奥から男がひとり現れた。
「ヨウッ!カズヤ、待ってたぞ」
一哉を笑顔で出迎えた男。やや太り気味の姿は、佳代も直也も、監督の永井と同じ30代半ばに映った。現に一哉は、姿勢を正して男と話をしていた。
河原は、しげしげと一哉を見た後、満面の笑みを浮かべ、
「久しぶりだなぁ!ずいぶん良いガタイになっちまって…」
慣れ親しい口調で話し掛けた。
「当たり前でしょう。あれから何年経つと思ってるんです?9年ですよ」
「お互い、歳は取りたくないモノだな…ところで、後の固まってる子が見学者かい?」
河原は、アゴをしゃくって佳代と直也を指した。2人は、緊張から一哉の後で身を縮込ませていた。
それを見た一哉は苦笑いを浮かべる。
「ホラッ、おまえ達、前に出て挨拶せんか」
促された佳代と直也は、おずおずと前に出た。俯いたその表情は固い。2人は帽子を取ると、深々と頭を下げた。
佳代が口を開く。
「…あ、青葉中学、3年の…」
途端に河原の怒号が飛んできた。
「聞こえんぞ!やり直し!」
(な、なんなのよ。この人…)
佳代は奥歯を噛み締めた。
「あ、あおばちゅう!さぁんねえぇん!!さわだぁかよでぇすッ!」
腹の底から張り上げた声。どうだと言わんばかりの顔。
河原は、ニッコリ笑うと佳代の頭に手を当て、
「おまえが澤田か。藤野に噂は聞いとるぞ」
「エッ?コーチが…」
「ああ、女にしとくにゃ勿体無いってな」
そして直也が、佳代同様に声を張り上げ挨拶した。すると、一哉がひと言付け加えた。
「こいつが川口信也の弟ですよ」
その瞬間、河原が表情を緩ませた。
「…そうか、信也の弟か」
そう言うと、姿勢を正して佳代達を見据えた。