想いを言葉にかえられなくても-6
第3節
冬なのに暖房の効いた部屋で裸のまま汗をかいた。陸の傍らで天井を見詰めながら、これからの事を考えていた。
…始めから解っている。今この瞬間でさえ、何度だって思い描くことが出来る。…ただ、身体が繋がる前なら、いともたやすく自分を持ち直せたが、今は無理に近い。心の隅に在ったモノが爆発して、飛び散って、しこりとなって残ってしまった様だ。
数時間前の冷静さが保てない。今なら意地に負けて『好き』といってしまえそうだ。
「雛…ちゃん。」天井を見ている私に気付いた陸は声をかけて来た。
「な、に…?」自分の声が思ってたよりかすれている。動揺が声で解ってしまう。
「……あのさ…」
「うん…」
「…、悪かったな」思い直した様に呟いた。
「俺、初めてで馬鹿みたいに焦るし…痛かっただろ?…その、イけなかっただろうし…」
「そんなこと、ないよ。大丈夫…」…幸せだったよ、嬉しかったよ…なんて言えない。喉元まで込み上げる言葉を飲み込む。
…だめになりそう。このまま側に居たら、今我慢した言葉がいつ溢れてしまうか解らない。
…帰ろう。思い立つとすぐに私は服をかき集めた。
「どした?…寒いの?」鈍感な陸は不思議そうな顔で着替える私を見詰めている。
「ううん。帰ろうと思って。」最後の靴下を履きながら、至って冷静に応える。大丈夫…泣くのは家に着いてから…
「………そっか」
「じゃね…」顔もまともに見れない。
「…荷物、恭介とかに持たせて学校行くから、心配しなくていいよ」陸はいつもの顔で話しているんだろう。ドアを向いた私は振り返れない。
「わかった…じゃ、明日ね」
ありったけの勇気を振り絞って明るく言った。下腹はジンジンと痛いが平気な顔をしなくては。
明日…逢う時は普通に。この瞬間は…夢で終わらせる。
何も話さず陸の家を出た。玄関まで送ってくれた、陸の顔はやっぱり見れなかった。駅まで送る、と言う陸の申し出も断って、一人で駅までの道を歩く。
泣かないって決めた。グッと奥歯を噛み締めて歩く。
駅につくと、すぐに定期を見せてホームに立つ。…ガタン、ゴトン…電車は流れる様に通り過ぎて行く。なんだろ…足が動かない。足下を見るとホームのコンクリートがやけに鮮明で、我慢していた涙が零れる。
泣かないって思えば思う程に、次々と涙が零れて行く。喉の奥がツンッと痛くなる。頭の中は…やっぱり陸の事ばかり。
好きなのに…
こんなに…好きなのに…
陸とエッチする前は、気持ちが通じなくても一緒にいられたら良い…身体だけの関係でも…なんて考えてた。陸の事、ちょっとでも自分のモノにしたかった。
…だけど………
やっぱり悲しい。ただの友達だった時に戻りたい!…だって……こんなに欲張りになっちゃうから…。想いは通じないのに、もっと…って欲しがっちゃうから。
…私……なんでこんなに好きなんだろ…
「いつまで突っ立ってる気?雛ちゃん…」
「!!!!」
声をかけてきたのは…振り向いたその先に居たのは……陸だった。
あまりに衝撃的すぎて声も出ない。溢れていた涙さえ止まってしまった。
「電車、何本待つつもり?」溢れている涙を見せたくなくて、慌てて線路側に向き直る。…早く涙を止めなきゃ…
「…雛ちゃん?」近寄って私の肩に触れる。…触れてる箇所が熱い。優しくしないで…涙が止まらないから
「雛ちゃん…」ぎゅううっと後ろから抱き締めた。私の身体を覆う様に…陸はやっぱりアゴを頭の上に置いた。
「このままで良いから、話聞いて。……さっき俺がこうやって引き止めなかったのは…。そもそも自分が適当で好きでもない女をはべらして…適当で。そんな自分だったから、引き止めるのはお門違いだなって思って、出来なかった……だから、俺…ちゃんとしてきた。きっちり電話でだけど、別れてきた。こうやって、追いかけたかったから…」
涙が止まらない…嘘みたいで、からかわれているのだろうか…なんで陸はこういう行動に出てるんだろう。
私の勘違いで無ければ…いや、そんな都合のいいことには…
「いい加減な気持ちじゃなくて…その…。俺…雛ちゃんを離したくないんだ。」
ギュッと抱き締めている腕に力が入る。頭の上ではアゴではない、柔らかい…ほっぺたの様な感触。涙は次第におさまり、陸の言葉が胸に染みて波紋の様に広がる。
「俺…我儘だし、すっげぇスケベなんだ。さっきも部屋で雛ちゃんに触ったら、全然…理性きかなくて。今迄一度だって他の女なんかで、そんな衝動に駆られた事無かったのに。でもさ…」
ふぅ、と陸は一つ大きな息を吐いた。
「雛ちゃんだから…なんだ。雛ちゃんが苦しいと、俺も苦しくて死にそうになるし。雛ちゃんが泣くと、俺も悲しくてツラくなる。…俺、おかしいのかもしんねぇ。なぁ…どう思う?」
「…わかんないの?」
「…わかんねぇ。俺、こんな気持ち初めてで…雛ちゃんはそう思う事あんの?」
腕を優しく振りほどき後ろを振り返る。正面に立つと、陸はやっぱり困った顔をしていた。思わず笑みがこぼれる。今日は、笑ったり泣いたり忙しい日だ。
「ずっとだよ…ずっと、ずーーっと、陸の事考えるだけで心臓を掴まれた様に苦しくなって、話をするだけで幸せになれるんだよ」
「俺も……そうなんだ」
「これが、恋なんだよ。好きって気持ちなんだよ。」
「…雛ちゃんは、つまり…俺を好き…?」
「そうだよ。」
笑ってしまう。目の前の男の人は18にもなって好きも恋も知らず…こんなに戸惑っているのだ。
「……やべぇ」俯いて口元を手で押さえている。
「俺、すんげー嬉しくて、泣きそう」
「やだ…陸ったら」照れた笑いを見せる陸。ふと、顔が近付いて来る。
「雛ちゃん…」
「なぁに?」
―ちゅっ―右のほほにキス
「好き。」
「うん」
―ちゅっ―左のほほにキス
「好きだ…」
「うん」
―ちゅっ―鼻のてっぺんにキス
瞳に映るのは、幸せそうに照れた陸の微笑み。
「私も大好きだよ」
かかとを上げて、つま先立って…唇に羽の様なキスを捧げた……