山茶花-5
「娘の彩花。もうすぐ3歳になると」
私はしゃがみ込んで話掛けた。
「こんにちは彩花ちゃん。オイさんなな、お母さんの弟で和哉て言うったい」
3歳の子供には難しかったのか、ただ黙って聞いていた。
「それよかさ、父さん、中で待っとるけん」
姉に促されるまま、私は親父の待つ座敷へと向かった。何も無かった床の間には仏壇が据えられ、その上の鴨居に母の遺影が飾られている。
「…おお、和哉。待っとったぞ」
卓台に並ぶ豪華な鉢盛りや酒。しかし、私には、そこに座る親父が、やけに小さく見えることの方が遥かに印象的だった。
“母に会いたい”
初めて浮かんだ衝動。私は、いてもたってもいられ無くなった。
「親父…先に母ちゃんに挨拶してくるやね…」
そう告げて座敷を立ち上がった。そんな私を姉が止めた。
「ち、ちょっと待たんね!行くとやったら皆んなで行きゃ良かやないね」
「ごめん姉ちゃん。オレ、ひとりで行かしちゃらんね」
「アンタ、自分だけって…」
その時、親父の声が姉の話を遮った。
「亜紀、和哉のよかごとさしちゃりやい…」
「すまん、親父…」
私は、父に頭を下げると実家を飛び出した。
墓碑の周りはキレイに手入れされていた。私は実家の庭でつんだ山茶花を供えた。
母の好きだった花。
線香をあげようとするが、颪に吹かれて点き難い。
「…母ちゃん…」
鳴り止まぬ木々の擦れる音の中、母と交した最期の声が浮かんだ。
(皆さんに可愛いがらるうごとね…)
私の中に熱いモノがこみ上げた。崩れるように跪くと墓碑にしがみついた。目から涙が溢れ出る。
私は幼子のように泣いた。
「…母ちゃん…母ちゃん…」
走馬灯のように浮かぶ母との思い出。私はただ、頭を垂れた。
山裾は、びゅうびゅうと音を立てていた。颪に乗って小雪が舞っていた。
…『山茶花』完…