やっぱすっきゃねん!VA-1
臨時代走の9番バッターが、慌ててベンチから1塁へと駆けて行く。
こめかみに当てられた1番バッターは、ベンチ奥で今だ寝かされていた。
(…落ち着け…とにかく落ち着いて…)
直也は、握ったボールをジッと見つめて自分に言い聞かせる。
「ヨシ、ここが勝負どころだな」
直也が浮き足立っていると見た東海中の監督、竹原は3塁コーチャーと2番バッターにサインを送った。
3塁コーチャーは、ランナーに伝達する。ランナーとバッターは、ヘルメットのツバを握ってサインを確認したと竹原に伝えた。
試合が再開された。2番バッターは右打席に入り、早くもバントの構えだ。
ファーストの一ノ瀬とサードの乾は、警戒して守備位置を前に移した。達也のサインは外角のボール球。直也はセットポジションを取った。
直也の軸足がわずかに屈んだ。瞬間、ランナーの左足は大きく伸びて地面を蹴った。
「させるか!」
ボールを捕った達也は、素早いモーションで2塁に投げた。ランナーは全速で突っ込んで行く。
ボールは少し右に逸れた。セカンドの和田は低い構えで捕球体勢に入った。重なるようにランナーが滑り込む。
「アッ!」
和田がボールを掴むと同時に、ランナーの足がグラブと接触してボールがグラブからこぼれた。
「セーフ!」
塁審の両手が横に開いた。
沸き上がる東海中ベンチ。進んだランナーは笑顔で応えた。一方、青葉中ベンチは静まりかえっていた。
「…参ったな。初回からノーアウト2塁とは」
苦い顔でグランドに目をやる永井。周りの控え選手達も黙ったままだ。
「まさか初回から盗塁なんて…」
スコアブックをつける佳代が呟いた。途端に葛城が反応した。
「あれはバッテリーミスよ」
「エッ?」
「川口君もだけど、山下君もバントに気を取られてランナーのリードを見てなかった…」
バッテリーを任されている葛城は悔しげに言った。
達也は主審にタイムを取り、マウンドに駆け寄った。
「なんだよ」
直也は、不快さをありありと見せている。達也はなだめるように、
「次はバントかもしれんからな。ランナーのリードをチェックしろよ」
「分かってるよ、そんなこと…」
吐き捨てるような直也の言葉。
バッターは再びバントの構えを見せた。達也は、バント後の3塁タッチアウト狙いでカーブを要求した。
直也は充分ランナーを警戒してからカーブを投げた。バッターが素早くバットを引いた。バスターエンドランだ。
前進守備の一ノ瀬と乾が、慌ててバックしようとする。バッターは大きな弧を描いたボールを、引きつけて思い切り叩いた。
打球は乾の横をかすめた。横っ飛びで捕まえようとしたが届かない。