電波天使と毒舌巫女の不可思議事件簿 ―争い編―-9
「優人〈ゆうと〉は……まだですか?」
少年の両親を相手にしているのは、じぃさまこと小林哲〈こばやしさとる〉だった。西園神社という、神社の神主だ。ただ、
「今は待ちましょう」
それしか言わない。夫婦は明らかに苛立っていた。
「もし優人に万一のことがあれば、どうするおつもりで?」
「…………」
寡黙な哲は近所でも有名な偏屈屋だ。夫婦もそれを知ってはいたが、これほどかと呆れている。
意味のない沈黙が落ちてきた時。シュッと唐突に、障子が開いた。
「あはははは☆」
背の高いスレンダーな女性だった。確か、優人を探しにビルに入っていった……夫婦は場にそぐわない突き抜けた笑い声に呆気に取られ、
「……美由貴」
緊迫した神主の声の意味を、視覚で理解する。
「あはっあはは☆ 楽しいね、愉しいね!?」
何かが壊れたように大きな、無邪気な笑い声。その女性が手にしている、『モノ』
「何をした?」
「あはっ」
ペロリと舌なめずりをする。その仕草が、酷く妖艶で、おぞましい。
「優人に……何を」
母親は卒倒仕掛ける。父親は思わず抱き止めた。
「美由貴ねー、遊んであげようとしたの。でもさ、なんでかなぁ。人間って壊れやすいねっ◎」
女は手にした『モノ』を口に運び。噛み千切った。
唇から流れる、“固まりかけの血液”。
「………っ!!」
「美味しいっ♪ 美由貴生肉好きー一番好きー☆」
「お前!!」
神主が怒鳴る。夫婦は言葉も出ない。
女は、人間の腕を喰っている。
「貴様……やはり」
「ぶーぶー◎ 美由貴は確かに天使だよ?」
夫婦は理解できない。理解を拒絶する。
「だから言ったじゃないかぁ!……“人外”だって」
背筋に氷を入れられたようだった。
目の前の女は、人を喰ったとか、それ以上に。明らかな、『異質』なのだ。
「優人、優人を攫ったのは、お前か!?」
「ふっふ? さら、う?」
「バカかぁ!!」
突然の怒鳴り声に、場が凍る。
女の頭をジャンプして叩く、少女の姿。
「いたぃっ」
「演出が必要だ任せろっていうから!! アタシでも本気で怖かったじゃない!!!」
「うー、感動の再会にはこれくらいのハプニングがいっかなって」
「ハプニングの域越えてるから!! あんたの存在自体がハプニングでしょ!!」
「……あ、あの?」
はあ、と神主が溜め息を吐いた。
「……すみません。どうも稚気が過ぎたようで」
「優人くんは無事に保護しました」
ペコリと頭を下げる少女。女性を見ると、手にしていた筈の人の腕や唇から垂れた血液は、跡形もなく消えていた。
「悪戯にもほどがある! 優人は!?」
父親は怒鳴るが、しかし少女は怯えない。
「ここにはいません。帰りたがっていないので」
「はあ?」
「優人くんは、帰りたくないと言っています」
「何を言ってる?」
「お父さんとお母さんが争い続けるのは、嫌だと」
ピシリ、と何かが割れる音が、聴こえた気がした。