今夜、七星で Yuusuke’s Time <COUNT1>-10
頬に絆創膏、なんてあまりにもワケアリ過ぎて笑うしかない。
八代さんは真面目だから渋い顔するし、樹里さんも他の客もニヤニヤ笑ってからかうし。
思った通り顔を青くした椿は早々に帰った。っても、いつも十時台で帰ってしまうから誰も何も言わなかった。
「……で、何しでかしたの?椿に」
ゲストライブも終わり、客足も遠退き始めた店内。
ちまちまとモスコミュールを飲みながら樹里さんが聞く。
樹里さんにとってモスコミュールはロングドリンクの定番だ。
「別になんもしてない」
ちょっとお尻触ったくらい、そう小声で付け足したら盛大に溜息をつかれた。
「あの子そういうの慣れてないのよ。女子校だったし」
「……バージンとか?」
「そうじゃないと思うけど……って、ユースケ?」
「まさか妬いてる?タイプじゃないって」
笑いながらトニックウォーターを注ぎ、四杯目の代わりに差し出した。
「妬いてないけど面白くないなぁー。その傷」
つん、と指で絆創膏を押し、冗談だと笑う。
まあ、樹里さんが妬く訳無いか。
グラスを半分まで空けると、樹里さんは火照った顔を手で扇ぎながら笑う。
「あーあっ。飲み過ぎちゃった。今日は帰るわ」
眉を下げて笑う樹里さんにオーケーと返して事務所に向かう。
時刻はそろそろ午前二時。少し前にクローズは掛けてある。残っているのは七星のバイト達の出待ち組ぐらいだ。
「おい、帰らないのか?」
帰り支度を終えた八代さんが不思議そうに見る。
ダッフルコートを羽織って事務所から出る手前だった。
「樹里さんが帰るからタクシー呼ぼうと思って。この寒い中、通りで待ちぼうけは酷ですからね」
「加瀬、送っていかないのか」
「いや……まぁ、なんつーか『帰る』っつーんで」
もごもごと濁してはっきり返せなかった。
帰るわ、って言うのは今ここでサヨナラって意味だから、俺はこの決定に従わなければならない。
送るって気を使うのが逆に迷惑だろうと思うから。
「……加瀬、伝票整理しとけ。後は俺がやっとく」
「やっとくって」
「別にヤる訳じゃない。お前の代わりに行ってやろうっていう親切心だ」
ここ3日も溜まった伝票を引きだしごと押し付けて、八代さんは踵を返してフロアへ向かう。
親切、って言うのか言わないのか。
フロアから少し会話が聞こえ、間も無くドアの開閉音が聞こえる。
そこに、俺の溜息も深く混ざっては消えていった。
>>>>>>>>To next time