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地図にない景色
【初恋 恋愛小説】

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地図にない景色-6

「どうして――」
「視線だよ」
あたしの質問を予め読んでいたかのように、手を振り返しながら男は言った。「相手の目を見ながら守るように言ったんだ。あの子、瞬発力はありそうだったから、それだけで充分」
なるほど、と思った。
彼女は、今までボールしか見てなかったから、簡単にあしらわれていたわけなのだ。
スポーツといわず何でもそうだが、相手の動きを読むには、目を見ることが一番効果的な方法だ。
それにしても、今の女の子のことといい、あたしの万引きを見破ったことといい、こいつの洞察力は随分とずば抜けているように思う。
いったい、こいつは何者なのだろう?
 この男は、どこか不思議だ。
 優しいようで優しくない…、どこか抜けているようで鋭く、飄々として掴み所がない。
 年はそうあたしと変わらないかそれより少し上くらいに見えるが、分厚いレンズの所為でそれも怪しい。 怪しいと言えば、その風体もだ。
 コンタクトレンズの普及している現代、せっかく整っているらしい顔立ちを古風な黒縁眼鏡が台無しにしているし、ボサボサに伸ばした髪は無造作に後ろで束ねているだけだ。
 おまけに、「あり合わせを着てきました」と言わんばかりのパーカーにジーンズ姿が、底辺すれすれの魅力を地中のなかにまで押し下げていた。
 まともな格好と服装をすれば、女性どころかモデル事務所も放っておかないだろうに…。
 そんなことを思っていると、遠くで六時を告げるチャイムが鳴り響いた。
チャイムはまるでリレーでもするかのように段々と近くなって、ついにはすぐ頭上のスピーカーからも曲を流し始めた。
俄かに騒がしくなる周囲。
公園の一角、お喋りに花を咲かせていたおばさんたちが、それを合図に動き始めた。
鉄棒、砂場、滑り台、ジャングルジム…、思い思いの遊具で戯れる我が子の元へと赴いて、帰宅を促すように声を掛ける。
素直に従う子もいれば、無理矢理、腕を引かれて渋々、言うことを聞く子もいる。
それよりも大きい子は、それぞれが乗ってきた自転車にまたがって、集団で家路へと着くらしい。
先程の女の子も友達と輪になって、公園から出ていった。

「さてと…俺も帰るとするかな」
「えっ?」
突然の言葉に、あたしは驚いてみせた。
実際、驚きだ。これから、こいつが何者なのか色々と聞き出そうと思っていた、矢先の出来事だったからだ。
「家で猫を飼ってるんだけど、そいつが我儘な奴でさ。あんまり遅く帰ると、へそを曲げて拗ねちゃうんだよね」
いつの間に点けたのか、くわえていた煙草を吹かしながら、男が笑った。
それがさっきまで何度か見せていた底意地の悪い、人を食ったような笑いじゃなくて、困っているような、それでも頼られて嬉しいような、そんな色々な感情が籠もった親しみの持てる笑顔で…、
(へぇー。こんな顔もできるんだ。…なんか、いいかも)
そこまで考えて、どきっとした。
 あたしはいったい、何を考えているんだ?
 相手は今日初めて出会った、しかも、自分が犯罪に手を染めている現場を見られている男である。
 確かに外見はそう悪くない。今はこんなだが、磨けばかなり光るタイプだろう。性格も…かなり変わっているようだが、取り立てて悪くないように思う。
 だが、そもそも、あたしはこの男について何も知らないではないか。
 どこに住んでいるのか、職業は何なのか、年令はおろか、名前すら知らない。 知っているのは乱読家らしいということと、家で猫を飼っているらしいということだけ。
 そんな奴の…そんな男のいったい、何がいいかもしれないというのだろう?
 思わぬ思考の迷路に陥ってしまった、あたし。
 その切っ掛けを作った張本人はと言えば、ベンチから立ち上がり、
「そんなわけで、俺、帰るから」
 さっさと背中を向けてしまう。
 その背中を気がつけば、「あっ、あの…!」
あたしは呼び止めていた。


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