地図にない景色-5
「それより、本当に食べない?買ったはいいけど、ベチャベチャして不味くてさ…二つは食べられそうにないんだよね」
男はそう言って、肉まんの入ったビニール袋を差し出してきた。
少し躊躇ったが、今度は断らず、中から肉まんを取出し、咀嚼する。
「…嘘つき」
「何が?」
「全然、ベチャベチャしてないじゃない」
それどころか、少し冷めてしまっているけど、十分においしい。
「あれ、おかしいな」
ニヤリと、男は笑って、「きっと、当たりを引いたんだな。ついてるじゃん」 わざとらしく言った。
だから、ため息を一つ、あたしも言ってやったのだった。
「ずいぶんと、下手くそな演技だこと」
肉まんを食べ終わると、何となくすることがなくて、あたしたちは黙って、白黒のボールを追い掛ける子供たちを見ていた。
よく見れば、男の子に交ざって、女の子の姿が見える。
女の子は人一倍動き回って、ボールを奪おうと頑張っていたが、男の子たちが上手くて、なかなかボールに触れない。
今から振り返ってみれば、小さい頃のあたしも、あんな感じの女の子だった。教室の中、友達同士でドラマや本、男の子の話に花を咲かせる子たちを余所に、あたしは男子たちと一緒になってグラウンドで、サッカーやバスケばかりをしていた。
屋内に籠もって会話をしているよりも、外に出て遊んでいる方があたしは好きだったのだ。
だから、というわけじゃないが、自分でも随分とガサツな娘に育ってしまったと思う。
気は強いし、口は悪い。 おまけにこの年になって、未だに恋愛経験0。
比較的、整っているらしい容姿のおかげで、告白をされたことは何度かあるが、どいつもこいつも、その外見に目の眩んだ馬鹿ばかりで、つきあう気にはさらさらなれなかった。
そんなあたしを、母さんは「恋愛潔癖症」などとよく評する。
遊びで恋愛を楽しめない不器用な人種、という意味らしいが、二度の離婚歴を持つ母さんに言われても、いまいち、ピンと来ない。 寧ろ、そっちの方がいいのではないかという気にさえなってくる。
好いた別れるの泥沼は、母さんと父さん、養父の一件でもう懲り懲りだ。
そんなことを考えていると、ボールがあたしたちの方に転がってきて、男の足元で止まった。
立ち上がり、ボールを手に取る、彼。
少し遅れて、さっきの女の子がそのボールを取りに来たが、人見知りの激しい子なのか、なかなか、こちらにやってこない。
後ろで男の子たちが「早くしろよー」と手前勝手に急かすが、それでも女の子は来なかった。
隣で、苦笑らしきものを浮かべたのがわかった。
男は一歩一歩、ゆっくり女の子に近づくと、何かを耳打ちして、ボールを渡した。
女の子は嬉しそうに頷いて、友達の元へと帰っていく。
「何を話したの?」
戻ってきた男に、あたしは聞いた。
「ちょっとしたアドバイス。すぐにわかるよ」
ベンチに座り直して、男が答えた。
「ふーん」
とだけ返して、あたしも視線を戻した。
女の子の動きに別段、変わったところはなかった。やはり、人一倍頑張って、目の前の子からボールを奪おうとしている。
でも、その子も上手くてくて、彼女とボールの間に巧みに体を入れて触らせまいとしていた。
ふと、男の子の顔がボールから上がった。
彼に別の男の子が近づいてきて、それに気づいたらしい。
彼はフリーのその子にパスを通そうとして…、
「あっ!」
思わず、声が出た。
そのパスを女の子が素早く、カットしてみせたからだ。
女の子は、仲間の子にそのボールを渡すと、あたしたち(正確には男にだけど)に大きく手を振った。