春の日のデート-2
横の畑を指さし、今年の麦の収穫高について話しかけてくる。
父の死後、畑の世話が疎かになり、結構減収になったらしい。
私自身は、父を重視してはいなかった。
それどころか、時には軽蔑の念さえ抱いていた。
しかし、いざ父の死に出会うと、悲しみの前に後悔の念が先に立った。
父が亡くなる年の春、私はいつものように故郷の土を踏んだ。
手紙では、体が弱り畑仕事が辛くなったと愚痴をこぼしていた。
が、元気に迎えてくれた父を見て、素直に喜べた。
その日の夜、いろりの前で父は上機嫌であった。
珍しく顔を赤くしていた。
いつも以上に酒が進んだようだ。
1年に数えるほどしか会わなくなると、お互いに優しい気持ちになる。
が、顔を合わせるとどうしても邪険にしてしまう。
「のう、お前に教えてもらった漢詩じゃったかのう。わしも作ってみたぞ。」
と、チラシの裏に書いた物を取り出してきた。
中学卒業で終わった父にとって、私が大学に進学したことが余程嬉しいらしく、
”わしも少し勉強をしてみるか”と、漢詩に勤しみだした。
戦時中、満州にいた影響かもしれない。
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倉破れて米残り
財布春にして借金多し
時に感じては腹が減り
別れを恨んでは水を欲す
絶食三日連なり
おにぎり万金に値す
米びつかけば更に少なく
全て空腹に堪えざらんと欲す
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一同、どっと大笑いした。
しかし私はムッツリと口をへの字にしていた。
”杜甫作:「春望」の贋作じゃないか!”
と、馬鹿にしてしまう。
中卒の父のヒガミかと思ってしまった。
今思えば、唯々恥じ入るばかりだ。
「学歴の無い者には、この詩の良さがわからないのかナ。」
と、皮肉たっぷりに言った。
父の顔は勿論のこと、居合わせた家族の顔が険しくなり、その目は私を非難していた。
私はいたたまれず、その場を去った。
その足で部屋に戻り、寒い寝床に入った。
その寒さは、私を孤独感で襲い絶望の世界に誘った。
そしてその年の初冬に、父が他界した。