淫蕩淫魔ト呪持-5
「ニン……ゲ……オンナ……」
「……グルルル……」
冷めたふうに獣魔たちを見やるキルシェ。
(下級獣魔……においを消しただけであたしが淫魔とは分からないのね)
彼女がちらりと樹の上のズッカを見やった。
ズッカは得物を再び握り直す。
「グルルル……ギャッ!?」
キルシェに一番近付いていた一体の獣魔が、妙な声を上げて血を吐いた。
その曲がった背には鉄の棒が突き刺さっている。
「ギャッ!!」
しかし次の瞬間、鉄棒は既に獣魔の背から抜かれ、別の一体の獣魔の胸に突き刺さっていた。
地に倒れた二体の獣魔を見やり、ズッカは最後の一体に向かって得物を構える。
最後の獣魔は荒く息を吐きながらズッカに突進してきた。
「ちッ」
獣魔の吐き出した炎を横に飛び退いて避けると、ズッカは鉄棒を振って獣魔の脳天を攻撃する。
鈍い音と共に獣魔はその場にくずれた。
下級とはいえ、三体の悪魔をあっという間に片付けるズッカ。
ある程度知能を持っている悪魔は、彼の名前、あるいは二つ名を聞いただけで逃げるという。
「いつもよりあっさりだね。呪は大丈夫?」
悪魔を倒した証となる角の先を折りとりながら、キルシェはズッカに問うた。
彼女の問いには答えず、ズッカはただ首を傾げて暫く自分の手を見つめていた。
しかしその顔が不意に歪む。
彼の左手を灰色の煙が覆い始めた。鋭い痛みが走る。
やがて煙は爆発するようにして消え、ズッカが握り締めた左手をそっと開くと、左の手のひらには僅かに焼け焦げたあとがあった。
「くそ、やられた」
「あんな下級獣魔の呪を貰っちゃうなんて、さすが"呪持ち"」
キルシェが驚いたように声を上げるが、ズッカに睨まれてすぐさま口を噤んだ。
「こんな火傷、呪のうちに入らねえ」
切り裂いたマントを包帯代わりに左手に巻き、ズッカはキルシェから三つの角を受け取る。
キルシェは角を手渡しながらウインクして言った。
「もしあたしを殺したら、とびっきりの呪をあげるからね」
「……冗談に聞こえねえ」
その言葉に、ズッカは口の端を歪めた。
悪魔は自分が殺される時、自分を殺した相手に一定の確立で呪をかける。
悪魔の等級によって呪の重さやかかりやすさも変化するのだが、ズッカは人一倍呪を受けやすい体質らしい。
普通の人間ならば滅多にかからない下級悪魔の呪までもその身に受けてしまうのだった。
もっとも下級悪魔の呪などそう大したことはない。
大変なのは上級悪魔の呪だ。
退治するにも厄介なのに、殺せば自分に恐ろしい呪がかかる。
そのため余程報酬がよくない限り、中級以上の悪魔退治を請負う悪魔狩りはあまりいない。
しかし、そういった中級以上の悪魔狩りを専門としているのがズッカであった。
ただでさえ呪を受けやすい体質である彼が、その身にかけられた呪は数知れない。"呪持ち"と呼ばれる所以である。
「この前は水浸し、その前は全身の痺れ、それで今日は火傷かぁ」
街までの道を歩きながら、キルシェは指折り数えていた。
ここ十日ほどで受けたズッカの呪の数である。
「下級悪魔の呪なんて、こんなもの?」
「大したことじゃねえ。身体的な呪ならすぐに回復できるからな。このくらいの火傷なら二日後には治ってる」
驚異的な回復力だ。
精力といい、この回復力といい、ズッカが本当に生身の人間であるかキルシェは思わず疑ってしまう。
「ねえ、一番辛かった呪って何?」
ふとキルシェがズッカに訊ねた。
ズッカはその時のことを思い出したのか、顔を顰めて言葉を濁す。