淫蕩淫魔ト呪持-3
第二章 かかる、呪
「――てめえのせいで半日のロスだ」
額に青筋を浮かべ、不貞腐れた様子で愚痴るズッカ。
その後ろをキルシェが小走りで追いかける。
「いいじゃない、半日くらい。それに、誘ったのはズッカだよ」
「先に誘ってきたのはてめえだ」
歩きながら、ズッカは後ろを振り向いてキルシェを睨みつけた。
この世界には人間と悪魔が住んでいる。
二つの種族は相容れない存在であり、人間にとって力を持っている悪魔は恐怖だ。
しかし悪魔の中でも幾つかの種族・等級に分かれており、その力には差がある。
彼女――キルシェは上級淫魔。
夢の中や直接的な人間との性交渉をもって、相手と己のオーガズムを糧とする悪魔だ。特に女の形をした淫魔は相手の精を搾りとる。
そのため、搾りとられた相手は再起不能になるという。
通常の人間ならば、である。
(あたしを抱いて、半日寝るだけでここまで体力が回復するんだから、大したものだよね)
キルシェは口の端を少しだけ吊り上げ、赤い舌で唇を湿らせた。
暗い緋色のマントの下に得物を隠したズッカの背を見つめ、彼女はくすりと笑う。
(ほんと、いい獲物見つけた!)
「……何か言ったか?」
「え? ううん、何でも!」
慌てて首を横に振るキルシェを胡乱げな瞳で見やり、ズッカは首を捻った。
「くそ、まだ身体がだるい」
忌々しげに口元を歪めて、再びキルシェを睨む。
彼女は不貞腐れたように唇を尖らせた。
「もー、過ぎたことは忘れてよぉ」
「ち……あの時抱くんじゃなかったぜ」
小さく舌打ちし、ズッカはひとりごちるように呟いた。
西の国のとある街の酒場で、キルシェは踊り子として働いていた。
上級悪魔で知能の高い悪魔には、姿を隠して人間世界で生活する者もいる。
キルシェもそんな悪魔のうちのひとりであった。
安酒場の踊り子の中には、その身を売って稼ぎの足しにする者も多い。
相手のいない旅人相手ならば、彼が"消えた"としても気が付く者は誰ひとりとしていない。
苦労して人を襲わずとも、身体の疼き、つまり淫魔にとっての空腹を満たすことができるのである。
彼女にうってつけの職業というわけだ。
そして、ある時酒場にひとりの男がやってくる。
例によってキルシェは男を誘うが、かつてないほどの男の性技と精力に、普段なら男を快楽に酔わす筈の彼女が逆に酔わされてしまう。
『――んッ、はぁああッ!』
激しく身体を痙攣させ達すると、男はくぐもった呻きを漏らした。
無表情だったその面は、襲いくる快楽に歪む。
収縮した膣の刺激に耐えかねて、男の肉棒がはじけた。
『く――!?』
ぞく、と全身があわ立つ。それと同時に、凄まじいほどの疲労が彼を襲った。
ひとつの街から街までを全速力で駆けた後と同じくらい、いや、それ以上だろうか。
おびただしい量の汗が一気に噴出し、流れ落ちてキルシェの身体を濡らした。
『何だ……これ……!?』
『凄い、まだ動けるんだ』
キルシェは驚いた様子で、上体を起こすと汗に塗れた男の頬を撫でる。
感心したようにまじまじと男の顔を見つめ、キルシェはくすりと笑った。